鳥取県・境港市。日本海の潮風が吹き抜けるこの町に、1日あたり約1006万杯のコーヒーを焙煎出荷すると言われる会社があります。株式会社澤井珈琲。1982年、澤井幹雄さん・由美子さん夫妻が「家庭でインスタントコーヒーではなく豆を挽いて飲む「レギュラーコーヒーのく時代」が来る」と信じて始めた珈琲屋さんが、その原点です。現在は自社工場を4つ構え、銀座やソラマチ浅草といった都心にも店舗を出店しています(取材時)。通販コーヒー市場では11年連続売上No.1を記録し、リピート率7割超という圧倒的なファンベースを築いてきました。そのノウハウをまとめた著書『奇跡の珈琲』も話題となり、全国のコーヒー愛好家に支持されています。今回お話を伺ったのは、澤井家の次男であり、経営全般を担う中心人物・澤井聡さん。本記事では、澤井珈琲の強さの秘訣を、チームづくりや地域との関係性など“内部”に目を向けながら紐解いていきます。

取締役経営企画室長 澤井 聡(さわい・さとし)さん
兄で常務取締役の澤井理憲さんとともに二代目経営陣として体制を支え、創業家として澤井珈琲を次の世代へつなぐ経営を実践している。製造計画、研究開発、人事制度、採用活動、地域との連携まで、会社のすみずみを見つめ続けてきた“組織の要”。通販事業を担う兄の澤井理憲さんがEC戦略を推進する一方で、聡さんは人と組織の現場を支え、社員や地域に関わる領域を中心に経営を担っている。
コーヒーを通じてお客様に笑顔と感動、そして健康を。社員に幸せを。地域に力を。”

──澤井珈琲の理念を教えてください。
これまでは、“コーヒーを通じてお客様に笑顔と感動をお届けする”という理念でした。
二代目としてこれからの時代を担っていく私たちは、そこに“プラスアルファ”で新しい会社をつくっていかないといけないと感じています。
これまでお客様にだけフォーカスしていた部分を、社員の幸せや地域の活性化へと広げていきたい。そんな思いから、“コーヒーを通じてお客様に笑顔と感動、そして健康を。社員に幸せを。地域に力を。”という言葉にたどり着きました。関わるすべての人が元気になっていく会社にしていきたいと思っています。
この理念は私ひとりで考えたものではなく、管理職一人ひとりと話しながら、共感できるかどうかを確かめて決めていきました。“こういう会社にしたいんだけど、どう思う?”と対話を重ね、方向をそろえていった結果が、いま掲げているこの言葉なんです。
飲んで美味しいだけじゃなく、飲みながら健康になってほしい
——健康をテーマにした商品開発や研究まで取り組む背景には、どんな想いがあるのでしょうか?
私が3歳のときに店ができて、1日の売上が1000円の日も見てきました。だからこそ、ここまで大人になれたのは、お客様に買っていただいたおかげだと身に沁みて感じています。あの頃30代、40代だったお客様が、今では70代、80代。だから今度は“健康”という形で恩返しをしたい。飲んで美味しいだけじゃなく、飲みながら健康になってもらえるコーヒーを届けたいと思っています。
澤井珈琲では、産学官連携による研究を通じて、オリジナルコーヒーの開発も進めています。代表的なのが、健康成分“トリゴネリン”に着目した「トリゴネコーヒー」や「トリゴネコーヒー茶」。コーヒーが苦手な方でも気軽に楽しめるよう、健康志向と飲みやすさを両立させた商品です。さらに、低温熟成によってクロロゲン酸を多く含む「氷温甘熟珈琲」や、香りの豊かさを極めた「大吟醸珈琲」など、どれも“健康・安心・安全”をテーマにした“地域発のオンリーワン”商品として支持を集めています。
親子二代で飲んでくださる方も増えてきて、“母と一緒に小さい頃から澤井珈琲を飲んでます”なんて言われると、本当にうれしいです。
“不可能”を覆す挑戦──寒冷地で2万本のコーヒーを育てる理由

──澤井珈琲にとって、“地域への貢献”とはどのような形なのでしょうか?
我々の大きな強みは、EC販売で培ったノウハウです。その経験を活かして、地元・大山町の事業者さんの特産品を“ふるさと納税”を通じて全国に届けるお手伝いをしています。商品ページの制作から、メルマガ・LINEでの発信まで、EC運営の仕組みを支援する事業です。寄付額が3年で3倍になった地元企業もあり、お力になれることがとても嬉しいです。
その他には、コーヒーが飲めない方にも、無農薬で「安心」「安全」なうえ、トリゴネリンなどのコーヒーの健康成分を多く含む「コーヒーの葉で作ったお茶」を届けたいという思いから、寒冷地では難しいと言われてきたコーヒー栽培に取り組んでいます。今では、約2万本のコーヒーの木を育てるビニールハウスがあるんです。研究開発型のラボショップも併設していて、栽培・焙煎・販売を全てそこで行っています。鳥取・境港という場所で、こうした取り組みができるのは、本当にたくさんの方の支えがあってこそだと思っています。
これまでを振り返ると、繁忙期には地域の方が“手伝うよ”と力を貸してくれたり、“うちの敷地使う?”と場所を提供してくれたり、困ったときにはその分野に詳しい方を紹介してくれたりもして。本当に、地域の皆さんに支えていただきながら、会社が繋がれているなと思っています。
一人ひとりの気づきが、会社を強くする

──組織力の秘訣は何ですか?
改善って、トップだけが考えて指示して進めるばかりじゃないと思うんです。現場のことは、やっぱり社員の方が一番よく知っていますから。 そこで“気づいたことがあれば、気軽に改善提案してね”という仕組みがあります。1件につき500円の奨励金を出すようにしているんですが、最初は1件しか出なかったんです。それが今では200件を超えるようになりました。外注したら何十万円もかかるような仕組みを、社内で自発的に作ってくれたこともあって。本当に頼もしく思っています。
あとは、お客様に健康を届ける会社である以上、まず自分たちが健康でいることも大切だと思っています。ウォーキングや野菜摂取チャレンジ、読書チャレンジなど、目標を達成できたら会社からプチギフトを贈るような取り組みもしています。“健康だったり、心のリフレッシュにつながったらいいな”という気持ちで続けているんです。
特に感謝しているのは、父や母や兄に“これをやりたい”って言うと、すぐに“いいね、やってみよう”と賛成してくれるところです。良い企画は、思いついた次の日にはもう動ける。そういうスピード感があるのは、本当にありがたいですね。
創業以来はじめての“値上げ”が、チームを一層強くした。

──経営の中で、印象に残っている決断はありますか?
一番難しかったのは、創業以来初めての大きな“値上げ”ですね。原価がどんどん高騰する中で、私自身も原価計算を担当しており、どうすれば社員の幸せを守りながら、お客様に選んでもらえるのか——。本当に悩みました。しばらくは利益を削る選択をとっていましたが、もうどうにもできないところまで上がってしまい、最終的に一部値上げを決断しました。
その時、ただ値上げをするだけでなく、“サービスや品質も上がった”と思ってもらえるようにしようと、社員のみんなが本当に頑張ってくれたんです。その結果、値上げしたのに注文していただける機会が増え、心の底から感謝の気持ちが湧いてきました。
澤井珈琲には、“対面より本気の非対面”という言葉があります。顔が見えないからこそ、メール一通にも、梱包ひとつにも心を込める。 そういう姿勢が、うちのチームらしさだと思っています。
あの局面を、次の世代のチームで乗り越えられたことは、 いま振り返っても大きな自信になりました。
“ありがとう”を伝え合える組織をつくりたい

──今後、どんな会社にしていきたいですか?
難しい言葉はなくて、大きく分けると“改善”と“感謝”の2つかなと思っています。人間って突き詰めていくと、“ありがとう”と“ごめんね”しかないのかなって。だからこそ、“ありがとう”がちゃんと伝え合える組織にしたいと思って、サンクスカードという感謝を伝え合う取り組みをしています。以前よりも“ありがとう”という言葉が社内に溢れるようになりました。

「忖度が出るといけないので、役員はサンクスカードの対象外なんですが、以前私が社員と一緒に、テーブルから椅子から壁紙から、ちょっとずつ手作りした休憩室について“作ってくれてありがとうございます”とカードをもらったときは、とてもうれしかったです。」
改善していく気持ちと、感謝の気持ちがあれば、会社は間違った方向にはいかないと思っています。いい循環が生まれるチームでありたい。 そういう積み重ねを続けていけば、きっと会社は長く繋がると思っています。
“100年続く会社を目指したいよね”って、昔から父と、そして息子と、三代で語り合っています。
理念に共感し、共に未来をつくる仲間と

──新しく出会う仲間に、どんなことを期待していますか?
チャレンジ精神があって、チームワークを大切にできて、誠実。この3つがあれば、どんな方でも活躍できると思います。
今後は海外や東京への展開をさらに進めていくところですし、若い人たちの柔軟な発想から学ぶことも多いと感じています。AIによる効率化やSNSでの広報など、新しいことにもどんどん挑戦してほしいです。澤井珈琲の理念に共感しながら、こうした新しいチャレンジを一緒に前へ進めてくれる仲間に出会えたらうれしいです。
スタッフの中には、“小さい頃からおばあちゃんやお母さんが澤井珈琲を飲んでいて、ずっと好きだったから” と入社してくれる方もいます。そういう“ご縁のめぐり”のようなものを感じる瞬間が、とてもありがたくて、うれしいんです。
“コーヒーを通じてお客様に笑顔と感動、そして健康を。社員に幸せを。地域に力を。”
そして、売上、社員満足度、地域貢献——。全部合わせて“1位”を目指す。この想いに共感して入社してくれたスタッフがたくさんいます。だから、これは夢物語ではなく、みんなで一緒に体現していきたいと思っています。
