道路、橋梁、河川——私たちの生活を支える土木インフラ。その裏側で、人々の安全を守るための設計に携わっているのが建設コンサルタントです。西谷技術コンサルタント株式会社で護岸・堤防などの設計を手がける小杉さんは、入社9年目。技術と人の温かさが共存する職場で成長を続ける小杉さんに、仕事の醍醐味や働く環境について伺いました。

小杉 翔(こすぎ しょう)さん
 西谷技術コンサルタント株式会社 入社9年目。大学では建築を専攻していたが、より多くの人々のためのものづくりを志し、建設コンサルタントの道へ。現在は河川・砂防分野で防災インフラの設計を担当している。

地域の「安心」を担う仕事

——では、小杉さんのお仕事について教えてください。

業種でいうと「建設コンサルタント」の仕事をしています。建設コンサルタント業務において、道路や橋梁といったインフラ整備に関わる内容は多岐にわたります。具体的には、地形や構造物の測量、地盤の状態を確認するボーリング調査、これらのデータをもとに行う設計、さらに施工後の施設の点検・修繕などです。私が担当しているのは、その中でも設計部分です。弊社では設計部門が「道路」「橋梁」「河川・砂防」3つに分かれており、私は河川・砂防の部署に所属し、砂防堰堤などの設計を担当しています。砂防堰堤といってもあまり馴染みがないかもしれませんが、豪雨による土石流を受け止め、土石流による被害を食い止める構造物です。いわゆる防災インフラと呼ばれる、災害時にも人が安全に被害なく生活できるための構造物を設計する仕事です。

——私たちが平穏無事に生活するために欠かせない仕事なんですね。

そうですね。土石流が発生する危険のあるところでも、構造物が一つあるだけで地域の方に安心・安全を感じてもらえる。川の水位が上がっていっても「大丈夫だろう」と思ってもらえるようなものを作る。災害時の対応を行うこともあるんです。特に人命に直結しますし、多くの人の役に立てている実感に繋がっています。

——仕事をする上で大切なのはどんなことですか?

発注者や地元に求められていることに対して最適な提案を行い、いかに納得してもらうかです。地域の方々に安心していただけるかどうか。これがなかなか難しいのですが、重要なことだと思っています。どういう計画なのか、自分たちの土地がどれだけ影響を受けるのか、説明会を開いてお話することもあります。最近では3Dの地形や計画モデルをぐるぐる回して、いろんな角度からお見せして理解しやすい説明をする工夫をしています。

——プロとしての腕の見せどころはどんな場面ですか?

設計業務では、まず基準書に沿って計画を立てますが、すべてが想定通りに進むわけではありません。基準書に記載されていないケースが起こることも多く、その際は安全性や公益を確保するために慎重な検討が必要です。重要なのは、「この計画なら安全で順調に施工できる、安心して生活できる」と発注者や地元住民が理解し安心できる設計を行うことです。

仕事は一人でやるものではない

—責任ある仕事を担う中で、最も困難だった経験や、そこから学んだことはありますか?

具体的に「これ」というのを絞るのは難しいんですが……たくさんあります。 そういうときに強く感じるのは、仕事は一人でやるものではないということ。例えば、難しいプロジェクトでは、何人かで社内会議を開いて方針を決めます。自分では「これしかない」と思っていても、全く逆の意見が上がり、他の人もそれに賛同するということがあるんです。

一つの目線にとらわれることで失敗した経験が何度かある中で、「何事も早く相談しておこう」と学びましたね。

——これまでの歩みにおける転機はありますか?

入社当初は道路設計の部署にいたのですが、今の河川・砂防の部署に異動してきて、初めて主担当として任された業務が大きなターニングポイントでした。

それまでは上司の指示通りの設計をすることが大事で、人の仕事を手伝っている感覚だったんです。でもその時がターニングポイントとなり、自分で考えて「これが最適だ」というところを追求しています。多くの人の役に立つ仕事をするには、まず自分がこう考えてこういう根拠があるから提案しているんだ、ということに納得していないといけない。

もちろん自分の考えが正解ではないですが、社内会議の中で方向を修正してもらいながら、自分の「作品」ができる。そういった時に成長できていると感じます。

——「作品」という言葉が素敵ですね。

ちょっと格好つけすぎたかもしれません(笑)。でも、本当にそれくらいの思いでやっているということですね。

実際、自分がパソコンや紙で設計していたものが、100倍くらいの規模で現場に出来上がるんですよ。自分が設計したものが形になる感覚は、本当にやりがいがあります。

社員の声で変化する環境

——入社した頃と比べて、会社はどのように変化しましたか?

大きく変わったのは、ビジネスチャットやリモート会議の導入ですね。発注者や支社とのやり取りが格段にスムーズになりました。

また、社内のコミュニケーションも密になりましたね。もともと設計部はパソコンに向かって図面を描く作業が多いので、以前は和気あいあいとした会話も少なかったです。他の部署から「設計部は暗い」なんて言われたりもして(笑)。

それで最近、オフィスでBGMを流し始めたんです。これが意外と良くて、雑談や会話のきっかけになるんですよね。最初は設計部だけだったんですが、「それいいな」と他の部署でも始めたりして。 最近では設計部全員で「コミュニケーションゲーム」をやりました。ボードゲームを何種類か用意して、何チームかに分かれてプレイするんです。会話が必要なゲームとか、お互いの価値観を合わせるようなゲームを通して、「この人、こういう人だったんだ!」と気づき、仲良くなるきっかけになっています。

——いろんな側面で、どんどん声を発しやすい環境ができているようですね。

そうですね。月に1回、労使委員会という会議もあって、各部署の代表が社員からの意見を集めて、社長や役員と話し合うんです。例えば、給与のベースアップや、1時間単位の有給休暇制度、入社後すぐから有給休暇を付与する制度などが、社員からの意見を反映して実現しました。

——休日はどのように過ごされていますか?

一人でいるより、誰かと一緒に過ごすのが好きです。友達や奥さんの影響で旅行にもよく行きます。今年は万博にも行きましたし、岐阜の白川郷や能登にも行きました。バーベキューや焚き火をしたり、最近は焙煎網を使ってコーヒーの生豆を焙煎したり。冬はスノーボードもします。

——フレキシブルに休みが取りやすい環境なんですね。

そうですね。有給休暇も取りやすいですし、プライベートを大切にしながら働ける環境だと思います。

「失敗してもいいんだ」という気持ちで進んでほしい

——ご自身の経験も踏まえ、後輩や若手社員に接する際に心がけていることはありますか?

「言語化」を意識することですかね。自分が言葉足らずだなと思うことが多くて、もっと言語化できるようになりたいと思っているんです。「それ」「あれ」といった指示語を使わず、しっかり文章として伝えた方が、相手も納得しやすい。

とはいえ、全部を全部、説明したり手を差し伸べたりしすぎないようにしたいと思っています。私自身、1から100まで全部教えてもらうのではなく、自分で考えてやってみたから学べたことが多いので。

——これから入社を考えている方へ、メッセージをお願いします。

ありきたりかもしれませんが、失敗を恐れずに進んでほしいです。

正直、自分もたくさん失敗してきましたし、今もそうです。でもその度に上司や先輩に支えてもらい、助けてもらいました。「失敗してもいいんだ」という気持ちで進んでほしいなと思います。

逆に、私は「助けてもらえるんだ」と感じてもらえるような環境作りや信頼関係を築いていきたいと思っています。

(取材・執筆:田野百萌佳)

鳥取県東伯郡に本社を構える馬野建設株式会社。創業から100年以上、地域に根ざした総合建設業として、道路・橋梁・河川などの土木・舗装工事を中心に、建築・住宅まで幅広い事業を手がけています。大手ゼネコンのように専門分野を分けるのではなく、現場ごとに最適な施工を柔軟に担う“オールマイティーなゼネラリスト集団”。
鳥取県を中心に、地域の暮らしを支えるインフラづくりに日々取り組んでいます。

その現場の最前線で、若手ながらも確かな信頼を集めているのが、入社4年目の春山神紀(はるやま・こうき)さん。大学時代には「ツナガルドボク」という学生団体に所属し、建設業の魅力を発信。就職活動では馬野建設を選び、内定後には前例のない長期インターンを自ら志願。新卒入社前から現場に立った行動派です。

なぜ彼は建設の道を志したのか。そして、なぜ数ある企業の中で馬野建設を選んだのか。本取材を通して浮かび上がったのは、個人の生き方と会社の哲学が響き合う「100年企業の中核」としての馬野建設の姿でした。

入社4年目 春山 神紀 (はるやま こうき)さん

大学時代には「ツナガルドボク」という学生団体に所属し、建設業の魅力を発信。就職活動では馬野建設を選び、内定後には前例のない長期インターンを自ら志願。新卒入社前から現場に立った行動派。

「土木という世界もあるぞ」——祖父の一言と震災が導いた、建設への道

工作に夢中だった幼少期

──小学校の図画工作の授業で、工作の時間が大好きだったという春山さん。ジャンルを問わず、ものづくりに夢中だったといいます。

中でも最初は「建築」に憧れていたものの、少しずつ変化がありました。建築はデザイン性が強くて、その領域には少し苦手意識があって。でも“つくる”こと自体はずっと好きだったんです。

当時は建築と土木の違いも分からなかったんですが、祖父の「土木という世界もあるぞ」という一言が、この道に導いてくれました。

──そして決定的なきっかけとなったのが、”東日本大震災”でした。

明確に建設業の道に進もうと思ったのは、東日本大震災で防災の情報に触れたことが大きいです。テレビでひたすらCMが流れていて。流されていく街を見て、”公共インフラ”って、命を守るのにこんなにも必要なんだ。と感じました。特に、土石流発生時の”砂防堰堤(さぼうえんてい)”がこうやって活用されているんだ”と知って、「やろう」と思いました。

大学時代、「ツナガルドボク」で建設業の魅力を発信

──鳥取大学工学部の社会システム土木系学科へ進学した春山さん。そこで出会ったのが、学生団体「ツナガルドボク」でした。大学のホームページでこの団体を見つけ、オープンイベントに参加。そ の場で「僕も入らせてください」と自ら声をかけたといいます。  

大学生だからこそ自由に動ける活動がしたかったんです。ちょうどいいなと思いました。

──「ツナガルドボク」は、建設業の魅力を学生の立場から発信し、地域や企業とつながりながら活動する団体。イベントの企画・運営を通して、建設業のリアルに触れる機会も多かったそうです。

建設の道を学びながら、社会の人たちと関わる経験ができたのは大きかったです。その経験が、後に馬野建設との出会いへとつながりました。

ここなら将来が見える。——肌で感じた、馬野建設というチームの温度

シンプルな就活の軸

——春山さんが就活の前提に置いたのは、”建設業・鳥取・現場監督”という3つの軸。 数ある企業の中で、春山さんが最終的に選んだのは、創業100年を超える老舗・馬野建設。

仕事内容だけだと、どの会社も似ている部分があります。だから、実際にインターンに参加して決めようと思いました。そこで働く人たちがどういう空気感か、一緒に働きたいと思えるか、仕事はやりたいと思えるか。全部感じた上で、そこで歩んでいけるイメージが湧くのか・・・。馬野建設は、未来がはっきりイメージできる会社でした。

他社と違った、馬野建設の“現場の空気”

働いていれば当然、不満が出てくることもあると思うんです。でも、それをインターンシップ生にどう伝えるかは、人や組織の姿勢が表れる部分だと思いました。

他社のインターンシップでは、そういった声を学生ながらに一意見として受け止めていました。

——一方で、馬野建設の現場では、空気がまるで違ったといいます。

「こういう場合はこうしたらいいよ」と建設的なアドバイスをもらえたり、質問するとしっかり答えてもらえたりして。自分の中で“入社しても良いコミュニケーションができる”イメージがはっきり湧いたんです。

たまたま行った現場が良かっただけかもしれません。いずれにしても、自分にとってはそれが大きな判断材料になりました。

——決して一面だけで語らず、言葉を選びながらも“肌で感じた違い”をまっすぐに伝えてくれた春山さん。その語りからは、彼が馬野建設に見出した“人間性”の深さがにじんでいました。両者のあいだに流れているのは、100年企業の根を支える“感謝や誠意の文化”です。

「守るために、変わり続ける」——技術を磨く文化

働いて実感する、馬野の強さ

弊社の社訓にもあるんですけど、“弛まざる技術の向上”という言葉があります。 働いている人たちは、“これでいいか”で終わらせない。求めるところは徹底的に求めて、技術を磨いていく。その積み重ねが会社を前に進めていると思います。

──春山さんが感じるのは、“変わらない努力”と“変わり続ける姿勢”が同時にあること。

先輩たちは従来のやり方を大切にしながら、新しい技術を積極的に取り入れて施工しています。その姿勢こそ「弛まざる技術の向上」だなと感じます。

技術を磨く仕事の実例

──その具体例が、重機の自動化施工です。

以前は監督が現場に目印を立てて作業していましたが、今はそれを3次元データとして機械に入力します。すると機械が自動で指定の面まで動くんです。今は半自動ですが、将来的には完全自動化が進むと思います。事故が減って、生産性も上がる。現場がどんどん変わっています。

──他にも、春山さんが中心となって推進している新技術があるといいます。

今、私 は“BIM/CIM”という新しい情報化施工の担当をしています。これまでは2次元の図面で進めていた設計を、3次元モデルに置き換え、誰が見ても分かる形で共有できるようにしています。また、施工に関する材料や寸法などの情報を3Dモデル上で再利用する仕組みも整えています。情報整理が格段に進み、仕事の精度と効率化が飛躍的にあがります。国土交通省が推奨しているこの取り組みを、リードしていく役目を担いたいと思っています。

毎日が壁で、毎日が学び

入社後の壁と改善の日々

──新技術の推進も担い信頼を集める側で、日々は難所の連続です。

覚えることが本当に多いので、常に考えながら動いています。明日は何をしようか、今日はどう進めようか。大きな壁がたまにある、というより、毎日が壁で、学びの積み重ねです。

──日々どんなことを学んでいるのか。その答えは想像を超えるものでした。

現場監督の仕事は、一言でいえば“管理”です。お金の管理、品質の管理、安全の管理、工程の管理、出来形の管理など、現場によって内容もすべて異なります。道路や橋、護岸など、種類によって求められることも違います。同じ現場は一つもないので、常に学び続ける感覚があります。

図面ひとつとっても、作って終わりではなく、作業員さんに「どうやって作るか」「なぜそう作るのか」「どんな基準を守るか」まで説明できて、はじめて現場が動きます。自分が理解していないと説明できない。だから、理解する努力を欠かさないようにしています。

学びの起点は、すべて現場の中にあります。分からないことがあれば、共通仕様書や施工手順書、社内の資料などから必要な情報を探します。何を見たらいいかわからないときは、先輩に聞きます。教えてもらったことを現場で試して、”次に生かす”。その繰り返しです。

若手同士で学び合う機会

──そんな経験や知識を共有し合える場作りも、盛んに行われています。

「新鋭の絆(若手の会)」という集まりがあって、40歳未満のメンバーで各現場を見学し、担当者の話を聞いたり、課題を出してチームで考えたりします。懇親会もあって、部署や年齢を越えて交流できるんです。 ほかにもクラブ活動があって、私はゴルフクラブに参加しています。年に2回コンペがあって、先輩や上司とも自然に話せるのが楽しいですね。

最高峰の資格すら人生の通過点に

終わりのない学びを、生きる

──活躍する若手はどんなキャリアを見据えているのでしょうか。

将来的には、現場代理人や監理技術者といった責任ある立場で仕事をしたいです。そのために今は資格の勉強をしています。大学の指定学科を卒業していれば技術士補までは申請でもらえるので、そこからさらに経験を積んで技術士を目指しています。

──春山さんが目指しているのは、“技術士”という最高峰の資格。ただ、資格の取得は通過点にすぎ ないと、春山さんは語ります。

技術士の資格取得には一定の実務経験年数が必要ですが、現場は一つとして同じものがない。 結局は、どんな状況でも対応できる力が必要です。だから、一人前になっても学びはずっと続くと思います。

──言葉の端々から、学びを“終わりのないもの”として楽しむ姿勢を感じます。それはまさに、「弛まざる技術の向上」を掲げる馬野建設の精神を反映していました。

最後に。就職活動中の学生に、春山さんらしい助言をください!

私は、馬野建設の内定後に“働かせてもらえませんか”って自分からお願いしたんです。おかげで入社前にリアルな仕事の流れを体験できたので、ギャップはほとんどありませんでした。

 入社して“イメージと違った”というのは、学生のうちにいくらでも防げることだと思います。納得いくまで調べて、話を聞いて、自分の未来を描いてみてください。悔いがないように、自分が本当に目指したいものを探してほしいです。

人生100年時代、とりあえずやってみる、やりたいことを続けてみる、 自分の今やりたいことに熱中することも大事だと思います。情熱を注げるものを見つけて活動していけば、人生はきっと楽しくなる。 その中で、馬野建設が“やってみたい”の一つになれたなら——それほど嬉しいことはありません。

(取材・執筆:貞光智菜)

株式会社井木組は、創業100年以上の歴史を持つ鳥取県の総合建設会社。本社からは美しい日本海を望め、地域と自然に寄り添った仕事が魅力です。土木・建築・住宅など幅広い事業を展開し、「くるみん認定企業」として子育て世代も働きやすい職場環境整備にも力を入れています。

今回は、そんな井木組で技師として活躍する柿本菜菜子(かきもと ななこ)さんに取材させていただきました。入社までの経緯や仕事のやりがい、そして時短勤務で働く職場の雰囲気まで、リアルな声をお届けします。柿本さんの活躍の背景には、前向きな姿勢と行動力がありました。

建築部 技術者 柿本菜菜子(かきもとななこ)さん

大学を卒業後、金融関連企業に就職。その後、建築の世界へ飛び込む。短期大学で2年”建築”を学んだ後、2021年「井木組」へ入社。産休・育休を経て復職。最近歩き始めた1歳のお子さんを育てるママさん技師。

新築も改修も。時短勤務の働き方

──まずはじめに、井木組の事業ついて教えてください。

井木組は、土木、建築、住宅、リフォームの大きく4つの部門があって、総務や経理、工務管理部などの部署がそれぞれの部門をサポートしています。

土木部門では、河川や道路といった大規模な公共工事を手がけています。住宅部門は、個人のお客様向けに戸建て住宅を提供したり、住まいの相談に乗ったりする部門です。リフォーム部門では、網戸の張り替えや水回りの改修など、営業から施工まで1人で対応します。

そして、私が所属している建築部門では、学校やマンションなどの大規模な新築工事や改修工事を手がけています。企業や地主の方と直接やり取りしながら、現場を進めていくのが建築部門の仕事です。

──柿本さん自身は、建築部でどのようなお仕事をされているんでしょうか。

今は改修工事を担当していて、入社してから4現場目です。他の3現場は新築工事だったので、今回初めての改修工事ですね。具体的には、エレベーターが無かった県営住宅にエレベーターを設置する改修工事をしています。

──最近の1日のスケジュールを教えてください。

一般的には、8時に現場集合してラジオ体操後、朝礼で仕事内容確認や人数確認をするところから始まります。

私は時短勤務中なので、9時に出勤してすぐ現場に入り、まずは“配筋写真”の撮影からスタート。基礎工事の段階で鉄筋を配置したことを記録する大事な作業です。10時から30分の休憩をはさんで、昼休憩まで撮影を行います。

12時から13時までお昼休憩をしたら、各職種の職長さんに集まってもらって「昼の打ち合わせ」を行います。そこで午後の作業内容の変更や、明日の仕事内容の確認をします。

午後は再び“配筋写真”を撮影したり、事務所に戻って図面確認・コピーなどの業務をすることもあります。15時頃から30分休憩をして、今は16時には退社しています。

退勤時間に現場にいることも多いのですが、周りの人から「もう時間だから帰れよ」とか「もう16時になるよ」と声をかけてもらえるので、安心して帰れます(笑)

──そうなんですね!現場の方も退社時間を配慮してくださる雰囲気なら、みなさんが作業中でも帰りやすいですね。

現場ごとにゼロから挑戦、だからこそ建築は面白い

──柿本さんは入社当時から「建築工事部」所属ですか?

入社前は戸建ての家を作ってみたくて、住宅部門を希望していました。でも入社当時は住宅部門の募集がなかったので、建築配属になりました。社内に住宅部門があるので、「いつか住宅に関わる機会があるかな」と思って入社したら、建築部門での仕事が楽しくて!!

──建築のお仕事でどんなところに「楽しさ」を感じられるのですか?

やっぱり規模の大きさと、一般の人が見ることができない基礎の部分やコンクリートを建てていくところを見れるのが楽しくて!コンクリートに基準線を書く作業も好きですね。大きな建物に落書するわけではありませんが、「ここがだよ」「ここは梁だよ」と、符号をマジックで書くことがワクワクする瞬間です。

本当に現場ごとで全部違うので、そこも楽しいです!

──楽しい作業もある一方で、心が折れそうになった出来事もあればお話いただけますか。

一つ前の現場で木造の建物を担当した時ですね。小学校にある備品倉庫の工事でした。私にとって、木造工事は初めてだったので、図面の見方も分からないし、使われている用語も難しくて…とにかく大変でした。

それをどのように乗り越えられたんですか?

一緒に仕事していた工務店の方が、普段から木造住宅をしている方だったので、ほぼ付きっきりで助けてもらって。その方のおかげで乗り越えられたと思います。

決め手は人柄と景色?!異色の入社ストーリー

──柿本さんは、どのようなきっかけで入社にされたんですか?入社の経緯を教えていただけますか?

実は、管理栄養士を目指して大学に通っていたのですが、学ぶうちに「好きだけど、働くとなるとちょっと違うな、と感じて

卒業後は全く違う金融機関に就職したんです。4年ほど働く中で、自分の”好き”や”得意”が見えてきました。例えば、お客様とのコミュニケーションをとることは得意だな、とか。

親族に建築業界の人が多いこともあって、小さい頃から興味があったの仕事に挑戦してみたいと思うようになったんです。そこでまずは、近くて通いやすい短期大学で建築を学びました。その短大の先生に井木組の見学を勧められたことがきっかけで、入社したという経緯です。

──入社を決めた「決め手」はなんだったのでしょう。

見学時に話した先輩方の雰囲気が良かったことと、井木組が鳥取県の中でも大きい会社だったので、事業が複数あれば、いろんなことに関われるんじゃないかなと思ったことですね。実際、今は建築ですが、ゆくゆく住宅もできる可能性がありますし。

それともう一つ、本社から見える景色が綺麗だったことが印象的でした!海にとっても近くて、天気が良いと隠岐の島も見えるんです。未だに本社に行った時に島が見えるとワクワクします(笑)

──実際入社して、入社前とのギャップのようなものはありましたか?

大変なギャップとしては、天気にかかわらず、暑くても雨でも雪でも外作業ということですかね。雪が降った時は、雪かきからスタートしますし、ひどい時は現場に行けない時もあります。

それから、入社当時は建築用語が本当に難しかったです。職種ごとに違う用語もあるので、聞き返したり検索して覚えました。

一方で、入社してから良い制度だなと思ったのは、”トレーナー制度”です。簡単に言うと、新入社員と先輩がニコイチで動くような制度です。最初はトレーナーの先輩と一緒の現場に行って、その後は別現場になることもありますが、トレーナー制度期間の3年間は、分からないことは何でもその先輩に聞けるんです。

──トレーナー制度の期間「3年間」は長く感じますが、現場管理のお仕事を覚えることは、かなりの年数がかかるのでしょうか?

会社としては5年〜7年ぐらい経験しないと、一人立ちができなくて。私や同期のトレーナーの方は、7年目〜10年目の先輩でした。会社側の配慮だと思いますが、新入社員一人ひとりの年齢に合わせてトレーナーを選んでくれているようにも感じました。実際、私のトレーナーも年齢が近いことで話しやすかったです。

休みや中抜けも柔軟に。子育て世代に優しい職場

──入社してから産休・育休を取得して復帰されてらっしゃいますが、子育てしながら働く環境はいかがでしょう。

子育て中の私にとっては、休みが取りやすい環境はありがたいです。子供のために休める特別休暇が年間5日間ありますし、保育園からの急な連絡の時なども中抜けさせてもらって、お迎えに行ってからおばあちゃんに預けてということもあります。職場のみなさんが理解してくださっているので、そんなこともできます。

──同じ部署のみなさんは、どんな雰囲気なのでしょうか。

年齢に関わらず、割とみんな気さくに話せる部署ですよ。私の他にもう2人女性がいるんですけど、休憩時間に集まったら井戸端会議みたいな感じになります(笑)その2人は、事務方と設計関係の業務をされている方で、私より大きなお子さんがいるママさんなんです。

現場はみんな男性ですが、子供の年齢が近いこともあって、休憩中は『うちの子、風邪ひいちゃって…』といった話をしたり、普段の生活が垣間見える会話が多くて楽しいですよ。子育て世代が多いからこそ、共感し合える空気があって、働きやすさを感じます。

“好きはいつでも始められる” 経験で気づけることがある

──今後の目標があれば、ぜひ教えてください。

今持ってる資格が”2級建築施工管理技士”なので、来年か再来年あたりまでに”1級建築施工管理技士”と”二級建築士”の取得を並行して目指していきたいなと思っています。

時短勤務とはいえ、家では子供との時間も大切なので、時間の使い方を工夫しながら勉強しようと思っています。ただ、日々の疲れで家事が終わったら寝てしまうことも多いです(笑)。

最後に、この記事を読んでいる求職者の方にメッセージをお願いします。

「好きなことは、いつでも始められる」ということを伝えたいです。「入ってみて、合わんかった」って思うこともあるかもしれないけど。逆に「入ってみたからこそ、知れる楽しさ」っていうのもあって、本当にやってみないとわからないということがあると思うんです。

私自身、前職の経験があったからこそ、自分がお客さんとのコミュニケーションをとることが向いてることに気づけました。栄養を学んだ大学での就活中も、パン屋さんの商品開発だったり、服飾の会社だったり、興味ある分野の会社に履歴書を出してました。

「全く知らないからここの業界には行かない」という考え方はして欲しくないなと思います。気になることはやってみた方がいいと思います。

(取材・執筆:根岸春香)