鳥取県西部で地域密着の放送を始めインターネット・電話・ 電力・カルチャーセンター・地域シンクタンクなどさまざまな事業を展開する中海テレビ放送。放送エリアのうち約6割の世帯で利用されていて、地域の暮らしに寄り添う存在を目指しています。また、2020年にはギャラクシー賞「報道活動部門大賞」を受賞するなど、自主制作番組にも力を入れています。

今回お話を伺ったのは、報道課に所属する拜藤 真梨(はいとう まり)さん。小学生のころから憧れていたテレビ局に入社し、持ち前の行動力を生かして日々ニュース作りに奔走しています。

1人で企画、撮影、取材、編集まで行う現場で奮闘する拜藤さん。中海テレビ放送ならではのニュース作りの面白さややりがい、番組制作を通して叶えたい新たな夢を聞きました。

メディア創造本部 報道制作部 報道課 拜藤 真梨(はいとう まり)さん

鳥取県米子市出身。大学進学とともに一度県外に出たが、愛着のある米子市に戻り、2024年に新卒入社。小学生のときに入った放送委員会で「物事を伝えること」の楽しさを知り、大学まで放送関係の部活動・サークル活動に勤しむ。情熱あふれる先輩社員から、番組作りのいろはを習っている。

入社の決め手は地元密着の番組作りと温かい雰囲気

──中海テレビ放送はどのような事業を行っている会社なのでしょうか。

おもな事業は鳥取県西部を対象エリアとしたケーブルテレビの放送です。地域のニュースをはじめ、地域で行われているイベントやスポーツ大会の生中継のような地方テレビ局ならではの番組を作っています。

ほかにも、電力事業や通信事業などを通じて地域の生活インフラとなるような事業をしています。

──数ある放送局の中から中海テレビ放送を選ばれたのはどんな理由があったんですか。

愛着のある地元、米子市の魅力を地域の人にこそ伝えたいという思いがあったからです。会社の拠点も放送エリアも地元なので、番組作りにおいても地元で起きた出来事や地元の美味しいお店などを番組内で取り上げることができます。

就職活動中に出会った社員の皆さんがとても優しい方だったというのも決め手です。インターンシップに参加したとき、社員の方がフレンドリーに話しかけてくださいました。面接でも、私が話しやすいように柔らかい雰囲気で質問をしてくださったんです。皆さんの温かさを感じた瞬間でした。

──面接ではどんな会話をされたか覚えてますか?

「志望動機は?」と聞かれる堅い面接というよりは、「大学時代はどんな生活をしていたの?」というように、私自身に興味を持ってざっくばらんに質問を投げかけてくれて話しやすかった記憶があります。エントリーシートに、放送サークルで魔女の格好をして番組を披露したことを書いていたら、興味を持って話を深掘りしていただいて。私の個性を受け入れてくださったように感じ、ここで働きたいと思いました。

現場は1人でも独りじゃない。アイデアと情熱に溢れる社内

──拜藤さんのお仕事についても教えてください。

報道制作部の報道課に所属していて、記者として、毎日夕方6時から生放送しているニュース番組「コムコムスタジオ」の制作に携わっています。

当社ではビデオジャーナリスト方式を採用していて、基本的には1人で企画から撮影、取材、原稿作成、編集、ナレーションまでを行っています。

──1人で一貫して制作をするんですね。どのようなスケジュールで1日を過ごすのでしょうか。

1本2〜3分のニュースを作る場合だと、その日にあったことを当日夕方のニュースに放送するので、スケジュールは盛りだくさんです。

まず、出勤したら撮影機材を持って取材先に行き、撮影をしながら現場にいる人に取材をします。会社に戻ってきたらナレーションの原稿を作って自ら読んで録音。音声と映像を合わせて編集し、同僚や上司の方にチェックいただいて、夕方6時の生放送に間に合わせます。

生放送なので、放映中も音声をミキサーで調整したりテロップを打ったりしながら、リアルタイムで番組を作っています。放送が終わったら終礼をして、ひと段落です。

特集作りの担当になると、取材や編集だけに費やす日もありますね。

──実際働いてみて、職場環境はどうですか?

1人でニュースを作ると聞くと、個人作業にも思えましたが、まったくそのようなことはありませんでした。担当こそ分かれていますが、みんなで相談しながらニュースを作っている感覚があります。

部署には総勢15~16人の社員がいて、隣の席の人とおしゃべりするような感覚で相談をしています。「最近気になるネタはないか」といった企画作りの話や、「このシーンにはどういうBGMが合うか」というような映像作りの相談など、あちこちで会話が聞こえてきます。

会議の場も和気あいあいとしていて、思ったことを気兼ねなく発言できます。どんな意見を言っても受け入れてくださいますし、時には笑いが起きながら議論を深めています。年齢が近い社員も多く、話しやすい職場ですね。

──安心して働けそうですね。どんな方々が多いのでしょうか。

こだわりが強く、情熱がある人が多いです。こんな特集を作りたい、こんな映像を撮りたいと意志を持って仕事をされていると感じます。

先輩方から教わることは毎日たくさんあります。「場面をスムーズに切り替えるための映像を撮っておいた方がいい」「インタビューの言葉はBGMをつけないほうが伝わりやすいときもある」など、コツがたくさんあることを学びました。先輩方のように特集を作れるようになりたいと思いながら、今はできることを少しずつ増やしているところです。

夢も特集制作も実現させた、小さな行動の積み重ね

──日々成長されている拜藤さん。大変なお仕事だと思いますが、テレビ業界で働くことは小学生からの夢だったとか。

そうなんです。小学4年生の時に放送室に入ってみたいという理由で放送委員会に入ったのですが、やってみたらとても面白くて。

人前で話すのが好きだと気づき、人に何かを伝える仕事がしたいと思った体験でした。よく文化祭や運動会で司会をさせてもらっていましたが、そのたびに家族や友人が褒めてくれるのも嬉しかったです。

中学校では放送委員会、高校では放送部、大学でも放送サークルと、放送に関する活動を続けてきたら、放送関係の会社に就職していましたね。

きっかけは小さなことだったかもしれませんが、興味のあることを積み重ねていくことで夢が叶いました。撮影も編集も思った以上に難しく日々試行錯誤していますが、憧れの職場で働けて充実した毎日です。

──きっかけを掴んで行動を重ねたことが功を奏したのですね。この行動力が仕事でも活きたと思うエピソードはありますか?

2025年3月に東日本大震災に関する特集を作ったときでしょうか。学生時代の後輩に福島出身の人がいたので、その人のインタビューを撮れたらリアリティのある内容になるのではないかと考えました。

当初、私は連絡先を知らなかったのですが、後輩と同じ部活だった同級生に連絡してみたら繋げてもらうことができたんです。さらに、ちょうど米子市に帰省しているという偶然も重なり、インタビューを撮ることができました。うまくいくかわからなくても、まずは行動をしてみることが大事だと思います。

──ご自身で仕事を成功に導いた経験だったと思います。ほかにも手応えを感じた仕事はありましたか?

そうですね。最近担当している健康情報発信のコーナーでは視聴者の方からの反響をいただきました。地域の病院の医師や看護師に解説していただきながら視聴者の方が生活に簡単に取り入れられるような健康情報を発信するというものです。定期的に病院に打ち合わせに行き、これまで、老化予防の体操や健康寿命を伸ばすために気を付けることなどを取り上げました。

私もリポーターとして出演しているのですが、街で「あの番組に出てた人だね」と話しかけてもらえました。

──観てもらえていることがわかって嬉しいですね。

感想をいただけると、頑張って作って良かったと思えます。自分がニュースで取り上げた作品展の来場者が増えたと感謝の声をいただいたこともありました。

知り合いや友達などいろんな人に仕事を通して再会できるのも、ならではの楽しさだと思います。先日、取材で恩師と再会し、仕事に取り組む姿を喜んでいただきました。やりがいがたくさんある仕事だと思います。

──反対に、仕事をしていて大変だと思うことはありますか?

スケジュールに合わせて動くことが大変ですね。とある特集を担当した時に、準備が遅くなってしまったことがあります。

もともと計画的に物事を進めることがあまり得意でなかったのもあり、放送日の直前になんとか仕上げるかたちになってしまいました。早くから準備をしていれば、もっと良い特集にできたのではないかと感じました。

それ以来前倒しで動くことと、1つ1つの作業時間を短くすることを意識するようになり、最近はスケジュール感覚を掴んできました。編集にかかる時間も短縮できるようになってきたと思っています。

放送を通じて好きな地元へ恩返しを。地元・米子に愛着を持つきっかけになる番組作りを

──拜藤さんの今後の目標を教えてください。

番組を通して鳥取県西部の魅力をもっと伝え、地元を好きになるきっかけを作っていきたいです。私の同級生にも進学や就職で県外に出てから戻ってこないという人が多くて。一度県外に出ても「また住みたい」と戻ってきてくれたり、「これからもここで暮らしていこう」と愛着を持ってくれたりする人を増やしたいです。

私にとって米子は、恩師や大切な友達に囲まれて育ってきた大切な場所です。米子を盛り上げて、地元の方に喜んでもらうことが恩返しになると思っています。

──最後に、全国の就職活動生に向けてメッセージをお願いします。

今、自分が好きだと思うことを素直に続けてみてほしいです。好きなこととは、「人と出会うこと」のような抽象的なものでもいいと思います。恩師に再会したり、新たな繋がりが生まれたりするのも今の仕事で楽しいところです。自分の「好き」を信じて進めば、きっと自分らしく輝ける場所に出会えると思います!

(執筆:赤羽 エリ・編集:成田愛恵)

自動車の安全運転支援や、街なかの照明制御など、暮らしの見えないところで働き続ける日本セラミック株式会社のセンサ技術。同社は鳥取県から世界へ向けて、超音波・赤外線などを用いた多彩なセンシング技術を発信し、安心・便利・省エネを支える製品を生み出してきました。

なかでも車載向け超音波センサは、ミリ単位の違いが性能に影響する繊細な領域。膨大な検証とデータ分析、構造の微調整を繰り返しながら、一つひとつの製品が形づくられていきます。

開発の最前線に立つのが、超音波センサ事業部で技術業務を担う田中 雅也(たなか まさや)さん。学生時代から手を動かすことが好きだった田中さんは、検証・分析・設計調整を担当し、世界市場で戦える品質の追求に向き合い続けています。

「日常にある“好き”が、気づけば今の仕事につながっていました」

そう語る田中さんに、開発の現場だからこそ感じる奥深さや、若手が集う職場の空気、そしてこれから描くキャリアの未来について伺いました。

係長補佐・超音波センサ事業部開発部 

田中 雅也(たなか まさや)さん

入社5年目。鳥取県出身。学生時代から手を動かすことに興味があり、高等専門学校(以下、高専)へ進学後、日本セラミック株式会社に入社。現在は車載向け超音波センサ事業部で、障害物検知による自動車の駐車支援などに使われるセンサの性能チューニングに従事。要求仕様に合わせた構造調整、検証計画の立案、データ分析、改良までを一貫して担当し、繊細な特性を見極めながら製品化へとつなげている。

生活を支えるセンサを試行錯誤しながら形に

──日本セラミックとはどんな会社なのか、事業内容を教えてください。

一言で言うと、人や物の動きを感知するセンサを作っている会社です。

たとえば、車の自動駐車支援システムで障害物を検知する超音波センサ、セキュリティシステムの侵入者検知などに使用される赤外線センサ、環境対応車(HV、PHV、EV)に搭載されモーター制御やバッテリーマネジメントに使用される電流センサ。

照明やそのリモコンに搭載され人を検知して自動で照明を点灯させたり、Bluetooth技術によりリモコンで照明の明るさや色をコントロールしたりするモジュールセンサなど、生活のあらゆる場面で利用されている様々なセンサを作っている会社で、生活の安心・利便性・省エネなどに貢献する縁の下の力持ちのような存在です。

──身近なところで活かされているんですね。開発部では、どんな業務を担当されているのでしょうか?

主に、自動車メーカーさんからいただく要求仕様に合わせて、センサの性能を調整します。案件ごとに条件が変わるので、毎回オーダーメイドのように構造や特性をチューニングしていますね。

日々の仕事は「検証→データ分析→改良→再検証」のサイクルの繰り返しです。

センサは多くの条件を網羅的に検証する必要があって、ひとつずつ丁寧に確認する作業が重要になります。

思った特性が出ないこともありますが、その度に原因を探って調整を重ね、仕様に合うまで仕上げていきます。

──なるほど。この仕事の面白さはどんなところにありますか?

求める性能を満たすまで、設計や検証、データ分析まで一貫して関われるところですね。どうすれば仕様を満たせるか?を自分で考えて構造を調整しながら試行錯誤するプロセス自体が、開発ならではの面白さだと思います。

検証を重ねると、少しずつ「特性の傾向」や「構造と結果のつながり」が見えてくるんですよ。“こう変えたらこうなる”という理解が深まると、次にも活かせるようになります。

思わぬ偶然の発見があるのも魅力です。過去のデータを見返してヒントが得られて、別の案件で試してみたら狙った特性が再現できた……なんて経験もありました。

超音波センサは繊細な製品で、わずかな構造の違いで特性が大きく変わります。だからこそ、ひとつの調整が性能を大きく左右する点に、難しさと面白さを感じます。

「技術職に就きたい」から始まった世界を相手にする仕事

──日本セラミックに入社を決めた理由も教えていただけますか?

地元でありながら大きな製造業で働ける点です。もともと就職活動では「手を動かす技術職に就きたい」という思いが強くありました。ちょうどコロナ禍で県外の企業説明会に足を運びづらかったこともあり、自然と地元企業にも目を向けるようになったんです。

その過程で日本セラミックを知り、鳥取県の中では規模が大きい製造業でありながら、事業をグローバルに展開している点に惹かれました。

──入社してみて、ギャップを感じた部分はありますか?

ひとつは、想像以上に地道な仕事だったことです。学生のころは「技術職=手を動かして作る仕事」というイメージが強かったのですが、実際は、検証計画を立てることが重要で。

膨大な試行・検証をコツコツ積み重ねる根気強さが必要で、「愚直に進めるしかない」と感じる場面が多く、技術者としての粘り強さが鍛えられました。

もうひとつは、世界規模の競争に立ち向かっていたことです。超音波センサは国内にも強い競合が多いですが、海外メーカーも参入していて、低価格を武器にした競争も激しい傾向です。

良いものでも高ければ売れません。品質とコストの両立をどう実現するか。そうした世界市場で戦う視点が求められる、といった発見もありました。

同じテンションで刺激を受けながら技術を磨けるチーム

──働いてみて、職場の雰囲気はどのように感じていますか?

開発部は全体的に明るくてコミュニケーションが取りやすい雰囲気だと思います。年代が近いメンバーが多いので、話しかけやすく、質問もしやすいですね。配属されて1年半ほどですが、しがらみもなくフラットに話せる人ばかりで働きやすいと感じています。

開発部は約10名で、その多くが20代後半〜30代前半の若手メンバーです。同期や1歳前後の年齢差の人が多いので、自然と距離感が近くなりました。

若手同士で声を掛け合いながら前向きに取り組める空気があり、同じテンションで頑張れるのは、この部署ならではだなと思います。

──年齢層が近いと距離感も縮まりやすいですよね。職場にはどんなタイプの技術者が多いですか?

技術オタクタイプのような個性豊かなメンバーが多いです。検証で行き詰まったときに驚くような独創的なアイデアを出してくる人や、家に専門機材を持っている人などがいます。そんなメンバーの話は聞いていて純粋に面白いですね。

私はそこまでの技術オタクではなくて、自己評価としてはライト寄りだと思っています(笑)。さまざまなタイプの技術者がいるからこそ、刺激が多い職場ですね。

日常に溶け込んでいることが仕事につながる

──今後の目標について、どのように考えていますか?

技術面でも経験面でもまだまだ未熟さを感じる場面が多く、開発技術をしっかり磨くことが最優先だと感じています。

それでも、学生のころから技術に興味があって高専に進んだので、その延長線上で「いつか自分が関わった製品が世の中で動く瞬間を見たい」という思いはずっとあります。

まずは開発部の一員として、製品に確実に貢献できるレベルに到達することが目標です。そのうえで、将来的には、自分の力でひとつの製品を作り上げられる技術者を目指したいと考えています。

──最後に、学生に向けてメッセージをお願いします。

就職活動は「働くイメージが湧かない」「自分に合う仕事が分からない」と悩むことが多いですよね。私もまさにそうでした。

でも振り返ると、当時の自分には“小さなカテゴリーだけど好き”と思えるものがありました。私の場合は中学生のころから手を動かすことや技術の授業が好きで。その延長で高専に進み、今の進路につながりました。

日常に溶け込んでいる“好き”に目を向けてみると、自分の得意や興味の傾向が見えてきます。その積み重ねがいつか仕事としての軸につながることもあるので、自分の感覚を大切にしてほしいです。

(取材:大久保崇・編集:成田愛恵・執筆:石田千尋)

社会福祉法人こうほうえんは、鳥取と東京を拠点に、介護、保育、医療、障がい福祉など、幅広いサービスを展開しています。「お互いが助け合って、お互いが恵み合うこと」を理念として掲げ、地域とのつながりを大切にしながら、信頼されるサービスの提供を目指しています。利用者さん一人ひとりが自分らしく生活できるよう支援し、地域社会の一員としての役割を果たしています。

今回お話を伺ったのは、介護老人福祉施設よなご幸朋苑で働く大村亮平さん(おおむらりょうへい)さん。学生時代からサッカーに熱中し、社会人チームでも活躍した経験を持つ大村さんは、サッカーチームのスポンサーだった介護施設でのアルバイトをきっかけに、介護の道へ進む事を決意しました。地元に戻り、「よなご幸朋苑」での勤務を開始してから5年。利用者さん一人ひとりの生活リズムに寄り添い、心温まるケアを提供しています。

明るく、支え合う職場環境の中で、今では新人の指導も担う頼れる存在となり、仕事とプライベートのバランスを大切にしながら成長を続けている大村さん。介護職としてのやりがい、職場環境の魅力、日々の業務で感じる充実感などについてお話を伺いました。

よなご幸朋苑:大村 亮平(おおむら りょうへい)さん

「よなご幸朋苑」で介護職を務める大村さんは、鳥取県米子市出身の34歳。結婚9年目で、小学校3年生と幼稚園年長のお子さんが2人います。奥様も介護の仕事をしており、家庭でも仕事の相談がしやすく、互いに理解し合いながら支え合っています。学生時代からサッカーに熱中し、社会人チームでも活躍した経験をもつ大村さんは、チームのスポンサーだった介護施設でのアルバイトを機に介護の道へ転身しました。地元に戻り、紹介を通じて「よなご幸朋苑」に入社して5年間、利用者さん一人ひとりの生活リズムに丁寧に寄り添ったケアを心かげています。明るく支え合う職場環境のなか、新人の指導役も担いながら成長を続けている頼れる存在です。仕事とプライベートのバランスを大切にし、子どもとの時間やジム通いで心身のリフレッシュを図る一方で、家ではYouTubeを見たりスポーツ観戦をしてリラックスする時間も大切にしています。また、お酒を飲む事も好きで、一人でゆっくりお酒を楽しんだり、職場の仲間と飲みに行く事もあります。

サッカー青年が見つけた“人生のもうひとつのフィールド”

――介護の仕事に興味を持ったきっかけは何ですか?

小学生から社会人まで、ずっとサッカーに打ち込んできました。仲間と連携しながらゴールを目指す、その瞬間がたまらなく好きでした。そんな僕の人生が大きく変わったのは、社会人時代に所属していたサッカーチームのスポンサーが介護施設だった事にあります。その介護施設でアルバイトを始めた事で、介護の世界に触れました。利用者さんと会話したり、笑顔を引き出したりする時間がとても新鮮で、心が温かくなるのを感じたんです。「人と人とのつながりを大切にする仕事って、こんなに素敵なんだ」と気づき、福祉の道に進む事を決意しました。大学卒業後は三重県の介護施設で経験を積みましたが、家族と一緒に暮らすために地元へ戻る事を決めました。現在は、よなご幸朋苑で働いて5年目になります。サッカーで培った体力やチームワークの精神は、今の仕事にもそのまま活かされています。利用者さん一人ひとりを「自分の家族のように」と思いながら、日々笑顔と安心を届けられるよう努めています。介護の現場は、僕にとってもうひとつのフィールドです。これからも利用者さんの笑顔を守り、安心を届けるために、全力で走り続けたいと思っています。

生活のリズムと個性に合わせる“本物のチームケア”

――よなご幸朋苑での仕事内容や現場の特色は?

私が担当するユニットは11名の利用者さんに7名の職員配置です。食事・入浴・排泄などの生活全般の介助から、季節の行事、地域交流など、幅広い業務に関わっています。特徴は「施設の都合ではなく、利用者さんの生活リズムに合わせる」事です。昼食の時間が皆と一緒でなくても、食べたい人が食べたい時に、できるだけ自分のペースで快適に過ごしてもらっています。“ここは施設ではなく、その人の家”。その意識をチーム全員が共有しています。例えば、ある利用者さんは昔からドラマを観てから食事をとる習慣があり、その時間を大切にされています。私たちはその習慣を尊重し、あえて他の方より遅めの時間で対応をします。そんな小さな積み重ねが「自分らしく暮らせる」安心感につながるんです。

チームの年齢層は20代から50代まで幅広く、性格や得意分野もそれぞれ異なります。しかし、誰かが困っていると自然に声を掛け合い、助け合う関係が築かれています。特に行事の企画時などは、若手が新しいアイデアを提案し、ベテランが経験を活かして支え、外国人スタッフが母国の文化を取り入れるなど、さまざまな“色”が混ざり合ってひとつのイベントを作り上げるのが、この職場の魅力です。チームには女性リーダーや外国人スタッフ(インドネシア、ベトナム)もおり、互いに刺激を受けながら和気あいあいとした雰囲気で働いています。過去には、外国人スタッフによる母国の料理をふるまうイベントもあり、みんなで楽しく協力し合いながら成長できる環境です。

思いが通じない時こそ、心で寄り添う

――仕事で難しいと感じた事はありますか?

利用者さんの思いを感じ取れない時、想いが伝わらない時ですね。特に認知症の利用者さんに対しては、こちらの言葉が届かない事があります。最初はその状況に対して焦りを感じ、「どうすれば伝わるのか」と悩んでいました。しかし、次第に「言葉ですべてを説明しなくてもいいのだ」と気づく事ができました。例えば、入浴介助の際に説明をしても、どうしても拒否される方がいらっしゃいます。そんな時、言葉での説明を繰り返すのではなく、静かに靴下をゆっくり脱ぎながら目を合わせるようにしています。そのシンプルな行動だけで、「ああ、お風呂の時間なんだな」と理解してくださる事があります。このような非言語コミュニケーションこそが、利用者さんとの信頼関係を深める手助けになると感じています。

言葉以上に大切なのは、声のトーンや目線、そして触れ方といった“非言語のサイン”だと感じています。相手を理解しようとする気持ちが先にあってこそ、初めて効果的なコミュニケーションが生まれます。言葉だけではなく、心で通じ合う事を大切にしています。

施設として、月に2回ほど勉強会が開催され、スタッフ全員で最新の知識をアップデートしています。鳥取県が主催する研修にも参加し、認知症を始め様々な知識を深めています。このような学びを通じて、利用者さんに対するケアをより良いものにしていきたいと考えています。

誰もひとりにしない職場文化と育て合う風土

――職場の雰囲気や教育体制について教えて下さい。

介護の現場では、急な体調変化や想定外の出来事が多く、常に柔軟に対応する必要があります。しかし、そんな状況でも不安を感じる事が少ないのは、チーム全員が支え合う文化が根付いているからだと思います。看護師、介護士、栄養士、作業療法士、ケアマネジャー、生活相談員、外部の厨房や清掃スタッフなど、様々な職種が連携し、助け合う風土がしっかりと築かれています。職種に関係なく、誰もが対等に意見を出し合い、協力し合いながら最適なケアを提供しています。

新人教育には、法人全体で導入している「エルダー制度」を採用しています。この制度では、1人の新人に対して、チーム全体でサポートし合いながら成長を支援しています。指導者が一人に偏る事なく、様々な視点での指導を受ける事ができます。チェックリストも活用しており、新人職員の習熟度を見守りながら、チーム全体で「育て合う」意識を大切にしています。

私自身も昨年、エルダーとして18歳の新入職員の育成を担当しました。指導で一番難しかったのは、伝えた事を理解してもらう事でした。自分の伝え方に課題を感じたため、ベテランの先輩に相談しながら改善していきました。

その子の良い所に目を向けると、利用者さんに誰よりも寄り添っている姿がありました。できない事にも前向きに挑戦して、日々成長していく姿を見守る事ができ、とても嬉しく思っています。「教える事は、学ぶ事」新人と向き合う事で、自分の介護に対する考え方や姿勢もより明確になり、成長を実感しています。

家族のように寄り添い、笑顔を共に創る

――仕事のやりがいを教えて下さい。

介護職のやりがいは、利用者さんの「笑顔」や、ふとした時にいただく「ありがとう」の言葉です。気持ちが伝わった瞬間、「この仕事でしか得られない充実感」を感じる事ができます。

勤続20年のリーダーとの出会いを転機に、「利用者さんと共に楽しむ」ケアを軸に働いています。その方がその人らしく過ごせるようにサポートし、施設でありながら、まるで自宅のように感じてもらえる環境を心がけています。私たちは、他人ではなく、家族に近い存在として接しています。

――今後の目標を教えて下さい。

毎日をご利用者さんと楽しく過ごす事です。そのために、知識を深め、今の利用者さんの状態に合ったケアを提供したいと考えています。介護の現場はゴールがないからこそ、常に利用者さんに向き合い、より良いケアを提供していきたいと思っています。

自分の強みは、誰とでも気軽に話せる事です。しかし、話す事がすべてではないと考えています。大切なのは、表情をしっかりと読み取り、その方の気持ちを理解する事だと思っています。失敗や試行錯誤も日々の糧にし、成長し続けています。

“一緒に笑う”がすべての原点——未来への挑戦と新しい仲間へ

――これから介護職を志す人へのメッセージをお願いします。

新しく入社する仲間には、「新しい環境に飛び込む時は、不安があって当たり前!でも支えてくれる仲間がたくさんいます。みんなで一緒に笑い、成長できる場所で活躍しませんか?」と伝えたいです。

介護の現場は予測できない出来事も多く、時には大変な場面もありますが、そうした時こそ、チーム全体で支え合う事が大切です。ここでは、どんな問題も一人で抱え込む必要はなく、必ず頼れる仲間がいます。私たちが目指すのは、利用者さんだけでなく職員も家族のように感じられる場所です。

そんな温かくて頼りにできる職場で、自分も成長しながら利用者さんの笑顔を一緒に作り出す喜びを感じてほしいと思っています。どんなに小さな事でも、共に学び、共に成長する喜びを感じられる環境です。ぜひ、新しい一歩を踏み出し、共に成長し笑顔あふれる職場をつくりましょう!

(取材・執筆:堀角和起)

鳥取県東伯郡に本社を構える馬野建設株式会社。創業から100年以上、地域に根ざした総合建設業として、道路・橋梁・河川などの土木・舗装工事を中心に、建築・住宅まで幅広い事業を手がけています。大手ゼネコンのように専門分野を分けるのではなく、現場ごとに最適な施工を柔軟に担う“オールマイティーなゼネラリスト集団”。
鳥取県を中心に、地域の暮らしを支えるインフラづくりに日々取り組んでいます。

その現場の最前線で、若手ながらも確かな信頼を集めているのが、入社4年目の春山神紀(はるやま・こうき)さん。大学時代には「ツナガルドボク」という学生団体に所属し、建設業の魅力を発信。就職活動では馬野建設を選び、内定後には前例のない長期インターンを自ら志願。新卒入社前から現場に立った行動派です。

なぜ彼は建設の道を志したのか。そして、なぜ数ある企業の中で馬野建設を選んだのか。本取材を通して浮かび上がったのは、個人の生き方と会社の哲学が響き合う「100年企業の中核」としての馬野建設の姿でした。

入社4年目 春山 神紀 (はるやま こうき)さん

大学時代には「ツナガルドボク」という学生団体に所属し、建設業の魅力を発信。就職活動では馬野建設を選び、内定後には前例のない長期インターンを自ら志願。新卒入社前から現場に立った行動派。

「土木という世界もあるぞ」——祖父の一言と震災が導いた、建設への道

工作に夢中だった幼少期

──小学校の図画工作の授業で、工作の時間が大好きだったという春山さん。ジャンルを問わず、ものづくりに夢中だったといいます。

中でも最初は「建築」に憧れていたものの、少しずつ変化がありました。建築はデザイン性が強くて、その領域には少し苦手意識があって。でも“つくる”こと自体はずっと好きだったんです。

当時は建築と土木の違いも分からなかったんですが、祖父の「土木という世界もあるぞ」という一言が、この道に導いてくれました。

──そして決定的なきっかけとなったのが、”東日本大震災”でした。

明確に建設業の道に進もうと思ったのは、東日本大震災で防災の情報に触れたことが大きいです。テレビでひたすらCMが流れていて。流されていく街を見て、”公共インフラ”って、命を守るのにこんなにも必要なんだ。と感じました。特に、土石流発生時の”砂防堰堤(さぼうえんてい)”がこうやって活用されているんだ”と知って、「やろう」と思いました。

大学時代、「ツナガルドボク」で建設業の魅力を発信

──鳥取大学工学部の社会システム土木系学科へ進学した春山さん。そこで出会ったのが、学生団体「ツナガルドボク」でした。大学のホームページでこの団体を見つけ、オープンイベントに参加。そ の場で「僕も入らせてください」と自ら声をかけたといいます。  

大学生だからこそ自由に動ける活動がしたかったんです。ちょうどいいなと思いました。

──「ツナガルドボク」は、建設業の魅力を学生の立場から発信し、地域や企業とつながりながら活動する団体。イベントの企画・運営を通して、建設業のリアルに触れる機会も多かったそうです。

建設の道を学びながら、社会の人たちと関わる経験ができたのは大きかったです。その経験が、後に馬野建設との出会いへとつながりました。

ここなら将来が見える。——肌で感じた、馬野建設というチームの温度

シンプルな就活の軸

——春山さんが就活の前提に置いたのは、”建設業・鳥取・現場監督”という3つの軸。 数ある企業の中で、春山さんが最終的に選んだのは、創業100年を超える老舗・馬野建設。

仕事内容だけだと、どの会社も似ている部分があります。だから、実際にインターンに参加して決めようと思いました。そこで働く人たちがどういう空気感か、一緒に働きたいと思えるか、仕事はやりたいと思えるか。全部感じた上で、そこで歩んでいけるイメージが湧くのか・・・。馬野建設は、未来がはっきりイメージできる会社でした。

他社と違った、馬野建設の“現場の空気”

働いていれば当然、不満が出てくることもあると思うんです。でも、それをインターンシップ生にどう伝えるかは、人や組織の姿勢が表れる部分だと思いました。

他社のインターンシップでは、そういった声を学生ながらに一意見として受け止めていました。

——一方で、馬野建設の現場では、空気がまるで違ったといいます。

「こういう場合はこうしたらいいよ」と建設的なアドバイスをもらえたり、質問するとしっかり答えてもらえたりして。自分の中で“入社しても良いコミュニケーションができる”イメージがはっきり湧いたんです。

たまたま行った現場が良かっただけかもしれません。いずれにしても、自分にとってはそれが大きな判断材料になりました。

——決して一面だけで語らず、言葉を選びながらも“肌で感じた違い”をまっすぐに伝えてくれた春山さん。その語りからは、彼が馬野建設に見出した“人間性”の深さがにじんでいました。両者のあいだに流れているのは、100年企業の根を支える“感謝や誠意の文化”です。

「守るために、変わり続ける」——技術を磨く文化

働いて実感する、馬野の強さ

弊社の社訓にもあるんですけど、“弛まざる技術の向上”という言葉があります。 働いている人たちは、“これでいいか”で終わらせない。求めるところは徹底的に求めて、技術を磨いていく。その積み重ねが会社を前に進めていると思います。

──春山さんが感じるのは、“変わらない努力”と“変わり続ける姿勢”が同時にあること。

先輩たちは従来のやり方を大切にしながら、新しい技術を積極的に取り入れて施工しています。その姿勢こそ「弛まざる技術の向上」だなと感じます。

技術を磨く仕事の実例

──その具体例が、重機の自動化施工です。

以前は監督が現場に目印を立てて作業していましたが、今はそれを3次元データとして機械に入力します。すると機械が自動で指定の面まで動くんです。今は半自動ですが、将来的には完全自動化が進むと思います。事故が減って、生産性も上がる。現場がどんどん変わっています。

──他にも、春山さんが中心となって推進している新技術があるといいます。

今、私 は“BIM/CIM”という新しい情報化施工の担当をしています。これまでは2次元の図面で進めていた設計を、3次元モデルに置き換え、誰が見ても分かる形で共有できるようにしています。また、施工に関する材料や寸法などの情報を3Dモデル上で再利用する仕組みも整えています。情報整理が格段に進み、仕事の精度と効率化が飛躍的にあがります。国土交通省が推奨しているこの取り組みを、リードしていく役目を担いたいと思っています。

毎日が壁で、毎日が学び

入社後の壁と改善の日々

──新技術の推進も担い信頼を集める側で、日々は難所の連続です。

覚えることが本当に多いので、常に考えながら動いています。明日は何をしようか、今日はどう進めようか。大きな壁がたまにある、というより、毎日が壁で、学びの積み重ねです。

──日々どんなことを学んでいるのか。その答えは想像を超えるものでした。

現場監督の仕事は、一言でいえば“管理”です。お金の管理、品質の管理、安全の管理、工程の管理、出来形の管理など、現場によって内容もすべて異なります。道路や橋、護岸など、種類によって求められることも違います。同じ現場は一つもないので、常に学び続ける感覚があります。

図面ひとつとっても、作って終わりではなく、作業員さんに「どうやって作るか」「なぜそう作るのか」「どんな基準を守るか」まで説明できて、はじめて現場が動きます。自分が理解していないと説明できない。だから、理解する努力を欠かさないようにしています。

学びの起点は、すべて現場の中にあります。分からないことがあれば、共通仕様書や施工手順書、社内の資料などから必要な情報を探します。何を見たらいいかわからないときは、先輩に聞きます。教えてもらったことを現場で試して、”次に生かす”。その繰り返しです。

若手同士で学び合う機会

──そんな経験や知識を共有し合える場作りも、盛んに行われています。

「新鋭の絆(若手の会)」という集まりがあって、40歳未満のメンバーで各現場を見学し、担当者の話を聞いたり、課題を出してチームで考えたりします。懇親会もあって、部署や年齢を越えて交流できるんです。 ほかにもクラブ活動があって、私はゴルフクラブに参加しています。年に2回コンペがあって、先輩や上司とも自然に話せるのが楽しいですね。

最高峰の資格すら人生の通過点に

終わりのない学びを、生きる

──活躍する若手はどんなキャリアを見据えているのでしょうか。

将来的には、現場代理人や監理技術者といった責任ある立場で仕事をしたいです。そのために今は資格の勉強をしています。大学の指定学科を卒業していれば技術士補までは申請でもらえるので、そこからさらに経験を積んで技術士を目指しています。

──春山さんが目指しているのは、“技術士”という最高峰の資格。ただ、資格の取得は通過点にすぎ ないと、春山さんは語ります。

技術士の資格取得には一定の実務経験年数が必要ですが、現場は一つとして同じものがない。 結局は、どんな状況でも対応できる力が必要です。だから、一人前になっても学びはずっと続くと思います。

──言葉の端々から、学びを“終わりのないもの”として楽しむ姿勢を感じます。それはまさに、「弛まざる技術の向上」を掲げる馬野建設の精神を反映していました。

最後に。就職活動中の学生に、春山さんらしい助言をください!

私は、馬野建設の内定後に“働かせてもらえませんか”って自分からお願いしたんです。おかげで入社前にリアルな仕事の流れを体験できたので、ギャップはほとんどありませんでした。

 入社して“イメージと違った”というのは、学生のうちにいくらでも防げることだと思います。納得いくまで調べて、話を聞いて、自分の未来を描いてみてください。悔いがないように、自分が本当に目指したいものを探してほしいです。

人生100年時代、とりあえずやってみる、やりたいことを続けてみる、 自分の今やりたいことに熱中することも大事だと思います。情熱を注げるものを見つけて活動していけば、人生はきっと楽しくなる。 その中で、馬野建設が“やってみたい”の一つになれたなら——それほど嬉しいことはありません。

(取材・執筆:貞光智菜)

産業廃棄物の収集・運搬から中間処理、資源化まで、幅広い環境関連事業を展開する三光株式会社。多様化・複雑化する環境課題に向き合い、地域社会や企業の安心・安全な事業活動を支える役割を担っています。

今回取材したのは、製造部プラントチームとして設備メンテナンスに従事する増本 雄大(ますもと ゆうだい)さん。社会にとって不可欠な産業廃棄物処理の現場のリアル、そして同社の魅力についてお話を伺いました。

三光株式会社 増本 雄大(ますもと ゆうだい)さん

島根県出身。大学で環境学を専攻し、卒業後三光株式会社に入社。今年で入社8年目となる。製造部プラントチームに所属し、焼却炉やリサイクル設備のメンテナンス、処理量の管理、計画管理などを担当。特に、新規事業である有機溶剤の精製・再生事業の立ち上げに現場責任者として関わり、事業化に成功した経験を持つ。

「捨てる」を「活かす」へ。産廃処理の最前線の仕事とは

──本日はよろしくお願いします。まず三光株式会社の事業内容と、増本さんの所属部署について教えていただけますでしょうか。

三光株式会社は、産業廃棄物の収集、運搬、そして処理を全般的におこなっている会社です。近年では、焼却炉の熱を利用した発電や養殖など、新たな事業にも力を入れています。

私は製造部のプラントチームに所属しており、蒸留再生事業の入出荷管理と設備管理をメインに担当しています。

──「蒸留再生事業」とは、具体的にはどのようなお仕事なのでしょうか。

工場から排出された廃有機溶剤を専用設備で蒸留し、再び使える資源として再生する事業のことをいいます。リサイクルできない廃棄物を燃やして熱エネルギーとして利用する「サーマルリサイクル」や、使用済み有機溶剤を精製して再利用するなど、「捨てる」という概念を「活かす」に変えている事業です。

たとえば、弊社ではRPF(Refuse derived paper and plastics densified Fuel)という、主に廃プラスチックを原料にして固めたものを、ボイラー燃料としてお客様に供給しています。また、汚泥炭化設備では、下水汚泥を乾燥し炭化することで製鋼保温材(製鉄工程で溶鋼を運搬・保持する際温度低下を防ぐ)やバイオ炭(土壌改良剤、土壌に埋めることで長期間CO2を固定できる)として出荷しています。さらに、有機溶剤やシンナーといった汚れたものを回収し、精製してきれいな状態に戻してお客様にお返しする事業もおこなっていますね。

私の業務は、これらの事業を支える焼却炉やリサイクル設備のメンテナンス、そして、日々どれくらいの量の廃棄物が処理されているのか、どのようなものをいつどう処理するかという処理計画の管理です。

厳しく見える先輩ほど実は優しい。世代を超えたチームワーク

──入社されて8年目とのことですが、三光株式会社への入社を決めたのはどのようなきっかけだったのでしょうか。

学生時代から環境問題に強い関心があったんです。高校生のとき、テレビニュースで環境問題について頻繁に取り上げられているのを見て、これからの時代における環境問題の重要性や業界の成長可能性を感じました。

大学では環境系の学部に所属し、環境問題やリサイクルについて幅広く学びました。就職活動中に、地元で環境分野の仕事に携われる会社を探していたところ、三光株式会社を知ったんです。

入社したいなと思ったのは、インターンシップに参加した際に、働いている方々が楽しそうだったこと、そして何より「雰囲気がいい」と感じたからです。仕事中は真剣でありながらも、休憩時間には和やかに話していて、メリハリをつけて業務に取り組んでいる。そして、個人プレーではなくチームで動く一体感を感じられたことが、大きな決め手となりました。

──入社前に抱いていたイメージと、実際に入社してからのギャップに感じたことはありますか?

良いギャップは、想像以上にきれいな職場環境だったことです。産業廃棄処理業という業界柄、どうしても「汚い」「臭い」といったイメージがあったのですが、実際はそんなことはありませんでした。ゴミを扱うからこそ、従業員みんなが高い衛生意識を持っていて、工場内もきれいに保たれています。消臭対策として会社がお金をかけて設備投資をしているのもあり、想像していた以上に快適な環境でした。

ネガティブなギャップはあまりありませんが、しいていうなら、手作業の業務が一定発生することでしょうか。今の時代、機械化が進んでいるかと思っていたので、最初は正直、意外に思いましたね。

ただ、実際に働いてみると、手作業でおこなうべき理由があるとわかりました。リサイクルにおいて機械での判別が難しいものは、目視で判断する方がより安全に処理できるのです。手作業の業務も経験したことで、機械の恩恵に対するありがたみも増して、大切に扱おうという意識が持てるようになりました。

──社内の雰囲気についても教えてください。まず、会社にはどんな方が多いと思いますか?

優しくて話しかけやすい方ばかりで、個性的で面白いですね。平均年齢は40歳ほど、男性が8割、女性が2割と、年齢や性別もバラバラですが、世代を超えてコミュニケーションがとりやすい職場です。

新人の頃、年上の先輩方に囲まれて働いているときは「質問していいのかな?」と、少し身構えてしまうこともありました。真剣に働いている分、少し厳しい雰囲気の先輩に勇気を出して質問してみたら「こんなことも分からないのか」と言いながらも、手取り足取り丁寧に教えてくださったことが印象的で。

質問しても「見て覚えろ」と言われるかなとドキドキしていましたが、「こんなに教えてくれるんだ」と思うほど、1つひとつの作業を丁寧に教えてくれたんです。まさに「ツンデレ上司」みたいだなと。一見怖そうで厳しく見える方ほど丁寧に教えてくれて、先輩方のあたたかさに救われながら成長できたと感じています。

──魅力的なギャップですね。社風についても教えていただけますか。

会社全体に「新しいことにどんどんチャレンジしていこう」といった社風があります。というのも、社長自身が現状に満足しないスタンスを常に持っていて。社長は現場にも積極的に顔を出す方で、私が所属する工場にも月に数回ほど来てアドバイスをくれるので、刺激と勉強になっています。社長との距離が近く、さまざまな取り組みに挑戦しつづけられるのが弊社の特徴だと思いますね

さらに、世代を超えたチームワークも会社の特徴です。所属している製造部プラントチームは20名ほどのチームですが、そのうち約半数は20代の若手社員。ベテラン世代の古き良き技術や考え方と、若手世代の新しい視点が融合して、とても良いバランスで協力できています。

「なくてはならない」仕事への誇りと責任がやりがい

──三光株式会社で働く中で、どんなところにやりがいを感じますか?

やはり「なくてはならない仕事」であるという実感をもって働けることが、何よりもやりがいです。

社会が活動している以上、私たちの仕事は止めることができません。焼却炉1基で処理するゴミの量は、1日で100t(トン)ほど。焼却炉がたとえ半日でも止まってしまうと、さまざまな影響を及ぼしてしまいます。

当たり前につづく日々の生活の土台には、私たちの仕事がある。そう実感できることに、使命感とやりがいを感じますね。

──入社後約8年間で、一番大変だと感じたのはどんな瞬間でしたか?

新規事業である、蒸留再生事業の立ち上げは想像以上に大変でした。

当時、焼却炉に関する業務を一通り経験したタイミングで、「新規事業の現場責任者をやってみないか」と声をかけてもらったのをきっかけに、初めて現場責任者にチャレンジしました。どのような設備を導入するか、どのようなプロセスで回していくかを計画、設計しました。

しかし、実際にやってみると、思い通りにいかないことの連続でした。誰もやったことがない事業なので、社内で質問できる人もいない。機械の選定からやり直したり、設定を変えたり、入れ替えたり……。データを取りながら、少しずつ実績を積み上げていき、計画から約6年後に事業化に成功しました。長い年月をかけたプロジェクトで、実際に設備が動いて事業としてスタートできたときの達成感は、今でも忘れられません。

──6年という長い年月をかけた分、成功したときの感動の大きさが想像できます。新規事業の立ち上げ経験の前後で、ご自身の変化を感じることはありましたか?

技術面でももちろんですが、メンタル面での変化を感じましたね。事業立ち上げという難易度の高い挑戦において、結果がすぐに出ない日々を経験したからこそ「どんなに大変なことでも、なんとかなる」というマインドが身につきました。今では、多少のトラブルが起きても、物怖じせずに対応できます。

たとえば、焼却炉が止まるようなトラブルが発生した時は、お客様にも影響を及ぼすリスクがあるため、迅速な復旧が求められます。そんなときは、自分一人で抱え込まず、チームで協力して復旧にあたります。みんな同じように「止めずに動かしたい」という想いをもって、同じ方向を向いて取り組める。「仲間がいるから、大丈夫」と思えるんです。 

「社会に貢献したい」そんな想いがある方にこそ、環境事業に挑戦してほしい

──これから就職活動をされる学生の皆さんにアドバイスをいただけますか?

まずは、さまざまな業界や職種を見てみることをおすすめしたいですね。たとえ「これしかない」と自分のなかで決めている分野があったとしても、一度違う世界に触れてみることで、新たに興味を持てることが見つかるかもしれません。自分自身の興味関心を制限せずに、幅広い分野を検討してみてほしいです。

そして、もし「これがやりたい」と直感したものがあれば、自分の感覚を信じて進んでほしいです。自分の心の声や興味関心に従えば、きっと楽しく働けると思いますよ。

──最後に、環境事業や三光株式会社に興味を持つ方に向けてメッセージをお願いします。

産業廃棄物処理という仕事は、「ゴミを処理する」だけではなく、資源を有効活用し、社会の基盤を支える、非常に意義のある仕事です。

弊社は「私たちは人類の永続と繁栄と幸せのため創造的思考をもって楽しく、真面目に、 一所懸命行動し地域にとってなくてはならない企業であり続けます」という企業理念を掲げています。そのためにも、従業員一人ひとりが「会社にとってなくてはならない人材」で在ることへのプライドを持って働いています。

社会に貢献できる、誇りある仕事がここにあります。もし、環境事業を通して社会を支えていくことに興味がある方は、ぜひ三光株式会社に来ていただけたらうれしいです。やる気と元気のある若手の皆さんと、一緒に働けることを楽しみにしています。

(取材:大久保 崇 編集:成田愛恵 執筆:なこてん)

日本郵政グループの一員であるJPツーウェイコンタクト株式会社。通販テレマーケティングを祖業とする同社は、全国5地域に2500席を構えています。現在は通販事業にとどまらず、CX(顧客体験価値)の向上や、郵便・物流の社内向けヘルプデスクなど、幅広い事業でお客様を支えています。経営方針は「お客様・社会から選ばれ続ける会社、そして全ての従業員が誇りとやりがいを持ち幸せを感じられる会社であり続けます」と掲げています。その思いのとおり、鳥取拠点をはじめとした各センターには、公平な制度や仲間を支え合う温かな風土があり、お客様との信頼を後押ししています。

今回お話を伺ったのは、大学時代にアルバイトとして入社後、現在はスーパーバイザーとして活躍する藪田 陽菜(やぶた ひな)さん。2022年4月から新卒社員として勤務しており、アルバイト時代を含めると在籍7年目を迎えています。クレーム対応を想像して飛び込んだコールセンターで待っていたのは、お客様の「届くのが楽しみ」という言葉や、声に笑顔をのせる“笑声(えごえ)”の文化。年に一度の社内イベントには、従業員の家族まで集まります。アルバイトから管理者へと歩んできた7年間の軌跡から、JPツーウェイコンタクトの魅力と職場のリアルに迫ります。

スーパーバイザー 藪田 陽菜(やぶた ひな)さん

大学時代にアルバイトとしてJPツーウェイコンタクトに入社。電話応対スキルを身につけたいという思いで始めた仕事だったが、お客様の「届くのが楽しみ」「あなたでよかった」という言葉にやりがいを感じ、卒業後に正社員として入社。アルバイト時代を含めて7年以上在籍し、現在はスーパーバイザーとして約30名のチームをまとめている。現場で得た知見を活かして、業務改善や新人育成にも積極的に取り組み、2024年には「ベストルーキー賞」を受賞。仲間との信頼関係を何より大切にしながら、“寄り添える管理者”を目指して日々奮闘している。

きっかけは「電話応対スキルを身につけたい」

──大学2年生からアルバイトとして働き始めたきっかけを教えてください。

社会人になれば電話応対はどんな仕事でも必要になると思ったので、学生のうちにスキルを身につけたい!と考えたのが大きな理由です。当時はコンビニでアルバイトをしていましたが、JPツーウェイコンタクトなら学びながら、しかもより高時給で働ける。その環境がとても魅力的でした。

大学近くに拠点があったことが決定打となり応募。最初に配属されたのは健康食品の窓口でした。

健康食品の窓口ではご年配のお客様が多く、お電話でニーズを伺いながら、安心していただけるような対応を心がけていました。「届くのが楽しみです」と声をいただいた時は、本当に嬉しかったですね。

想像と違った──。クレームより多い「ありがとう」

──働く前と後で、仕事の印象は変わりましたか。

正直、始める前は“コールセンターはクレームばかりかも…”というイメージを持っていました。でも実際は違ったんです。もちろん厳しいご意見をいただくこともあります。でもそれ以上に「助かった」「あなたでよかった」と言ってもらえる瞬間が多く、一気に印象が変わりました

顔が見えないからこそ大切にしているのが”声に笑顔をのせる”こと。社内では”笑声(えごえ)”と呼ばれています。

表情は見えないけれど、声には感情がのります。だから声に笑顔をのせて届ける。これをみんなで大切にしています。

コールセンターというと、一方的に要望を聞くイメージを持たれる方も多いかもしれませんが、実際は双方向の対話が基本です。お客様のお話をしっかり聞くことで「この方にはこれが合いそう」と提案につながることもあり、声だけでご要望にお応えする工夫に面白さを感じています。

その場で声をかけ、共に振り返る。教育現場のリアル

──どういう指導法で、独り立ちをサポートしていくのでしょうか。

通話中のやりとりを聞きながら、「今の言い方はすごく良かったよ」とか「ここはもう少し柔らかく伝えてみよう」と、その場でフィードバックすることが多いです。あと、録音を一緒に聞いて、自分の声を客観的に振り返ってもらうこともします。自分の声を改めて聞くと気づくことが多いので、効果がありますね。

──チームで直面している”難しい壁”について尋ねると、表情を引き締めてこう語ってくれた。

新しい業務の立ち上げですね。とあるクライアントと、定期会員専用の窓口を新設したんです。今までは新規会員へのアプローチだけでしたが、相手が変わると対応が全く異なるので、知識も対応力もこれまで以上に必要です。管理者もゼロから覚える必要があって、今も挑戦の真っ最中です。

──仲間と共に試行錯誤を重ね、新しい窓口を形にしていく。そういうチャレンジも含め、”人が育つ環境”がしっかりと根づいている。

改善の積み重ねが信頼をつくる。「ベストルーキー賞」の裏側

アルバイトから正社員となり、ステップアップを重ねる藪田さんは、今年『ベストルーキー賞』を受賞しました。

──この受賞はどんな取り組みが評価されたのでしょうか。

一つ大きな何かというよりは、小さな改善の積み重ねを評価いただけたんだと思います。マニュアル通りに話すだけでなく、”どうすれば商品の魅力がもっと伝わるか”をお客様にこつこつ提案するなど、お客様への改善提案は電話内容だけに止まりません。

他にも、業務の流れが複雑で手続きに時間がかかっている場合は、社内の対応フローを見直す提案もします。現場で毎日やり取りしているからこそ気づけることを、体制改善まで踏み込んでクライアントに伝えるのも大事な役割だと思っています。そういった日々の改善を見ていただけて、ベストルーキー賞という結果に繋がったのはすごく嬉しかったです。

──社内外問わず、提案しやすい環境なのでしょうか。

JPツーウェイコンタクトには、役職名で呼び合う文化がありません。役職者も“さん付け”で呼び合い、立場を超えて意見を出しやすい雰囲気が根づいています。気づいた時にすぐ声をかけることもありますし、改めて自ら時間をとって相談することもあります。

「こうした方がいいのでは?」と上下関係を意識しすぎずに率直にやり取りできるのは、この会社の良さだと思います。

焼きそばにファミチキ?!拠点を彩るユニークなイベント

仕事以外にも、職場を楽しむ工夫が盛んです。

たとえば、年に一度開催される社内イベント『JPツーウェイコンタクト秋祭り(今年の名称)』。管理者が焼きそばやフランクフルトを作ったり、くじ引きを準備したりして、アルバイトも社員も家族も一緒に楽しめるイベントです。

普段関わらない人とも一緒に場を作れるのが楽しいんです。部署の垣根を越えて交流できるのも嬉しいです。

また、鳥取拠点ならではの取り組みもあります。周辺に飲食店が少ないことから、会社に地元のパン屋さんやコンビニが出張販売に来てくれます。

ファミリーマートさんが協力してくれて、社内でファミチキが買えるんですよ(笑)。ちょっとした楽しみで、こういう工夫も仕事の原動力につながっていると思います。

──独自のイベントや制度が、より仲間と共に成長していける土台を作っている。

7年目を迎えた理由は仲間にあり。支え合える人間関係

──7年も働き続けている大きな理由はどこにあるのでしょう。

やっぱり人間関係ですね。しんどい時や失敗した時も、相談すれば時間を取って真摯に話を聞いてくれる。「一緒に解決策を考えよう」と関わってもらえるので、落ち込んでも“また頑張ろう”と思えるんです。

──学生アルバイト時代から”社員とあまり区別を感じなかった”のも大きな理由だといいます。

面談や表彰制度、先ほど話したイベントごともみんなが平等に参加できます。そういう文化も、働き続けたいという想いに繋がっています。

昇進よりも、“寄り添える管理者”でありたい

──現在はスーパーバイザーとして30名規模のチームを管理する藪田さん。今後の目標は”役職”ではなく”寄り添える管理者”になること。

アルバイト時代に上司だった管理者の方が、本当に頼りになる方だったんです。私が質問したときに、あれもこれも一度に言うのではなく、必要なことを的確に返してくださいました。そのスマートな対応にすごく憧れて、「わたしもこうやって後輩に寄り添える存在になりたい」と思いました。その気持ちを今も持ち続けています。

役職を上げたいというより、まずはコミュニケーター(オペレーター)にもっと寄り添える存在になりたいです。その延長で役職がついてくれば嬉しい、という感覚ですね。

最後にメッセージ

「JPツーウェイコンタクトは、安心して働ける環境があり、頑張りをしっかり見てくれる会社です。やりがいも、人の温かさも、どちらも感じられる場所。ぜひ、一緒に働いてほしいです。」

──藪田さんの言葉からは、現場に根づく「人」の力が伝わってきます。数字や効率だけでは測れない、対話から生まれる喜び。挑戦したい人を温かく迎え入れる文化。その先にあるのは、働く人もお客様も、そして企業も豊かにしていく「つながり」の力でした。

<参考>藪田さんのとある1日

朝:出勤〜始業準備

出勤はシフト制。早番なら 8時〜9時頃 に出社。

まず メールや前日の引き継ぎ内容を確認。

その日の天候やキャンペーン情報、昨日の実績を踏まえて、

「昨日は定期率が低かったから、今日はこの点に気をつけよう」

といった 朝一の声かけ をコミュニケーターへ行う。

出勤するスタッフに順番に声をかけ、業務スタート。

午前:入電対応とモニタリング

午前中は電話が集中する時間帯。投函されたチラシを見たお客様からの注文などが多い。

コミュニケーターの受電状況を確認しながら、 2〜3時間ごとに実績を集計。

定期率や成約率が低い人には「どういうお客さまが多い?」など状況をヒアリング。

逆に調子の良い人からは工夫を引き出し、チーム内で共有。

必要に応じて午後の仕事量を振り分け、全体のバランスを取る。

昼:休憩と切り替え

お弁当を持っていくことも多いが、最近は地元のパンやコンビニの出張販売も楽しみ。

他のスタッフと交流できるリフレッシュの時間。

午後:指導・フィードバック

午後は比較的落ち着いた入電数になる。

リアルタイムで通話を聞きながら「今こう言ってみて」と指導したり、

録音音声を使って振り返りを行い、「この場面ではこう言えたらもっと良かったね」と改善点を伝える。

クライアントへの定例報告に備え、データ集計や分析を行う時間もこのあたりで確保。

夕方〜夜:締めと報告

シフトによっては夕方まで勤務のこともあれば、夜まで残ることもある。

1日の成果をまとめ、コミュニケーターへフィードバック。

月1回のクライアントとの月次報告会に向けて 「今月の取り組みと成果」「来月の改善策」 を資料に落とし込む。

業務終了後は交代の管理者へ引き継ぎをして、退勤!

(取材・執筆:貞光智菜)

鳥取県米子市を本拠地とする唯一の金融機関である米子信用金庫は、金融事業を通して地域の発展を目指しています。

今回お話を伺ったのは、入庫2年目で営業職に従事する川﨑 翔我(かわさき しょうが)さん。学生時代から金融機関の営業職を目指していた川﨑さん。一筋縄ではいかない営業現場で学びが多い日々を送っているそうです。「信用金庫の仕事はただお金を貸すだけじゃなかった」。そう気づいた川﨑さんに、地域に根付いた信用金庫で働くとはどういうことか、彼が前向きに仕事に取り組める理由や今後の目標についてお聞きしました。

境港支店・営業担当 川﨑 翔我(かわさき しょうが)さん

金融機関につとめる親戚から影響を受けて、金融機関に興味を抱いて就職活動をスタート。生まれ育った鳥取県米子市に貢献するべく、米子信用金庫に入庫後は境港支店に配属される。営業職として地域企業の創業支援から個人の住宅ローン相談まで、幅広く地元の人々の悩みに寄り添う。

米子信用金庫が目指す「地域で一番“ありがとう”と言われるコミュニティバンク」が、自分の将来像に合致した

──まずは米子信用金庫について教えてください。
米子信用金庫は「地域のお客様の身近なパートナー」としてお金を貸すこと、つまり融資をすることで鳥取県の発展を目指す地域密着型の金融機関です。

多くの方が金融機関としてイメージされる銀行も、私たちのような信用金庫も「お金を預かる」「お金を貸す」といった基本的な機能は変わりません。しかし、信用金庫は地元に根ざしているので、より近い距離で地域住民のお金にまつわる悩みをサポートすることができます。

「お金を借りて事業を拡大したいけれど、資金調達が難しい」という方もいらっしゃいます。私たち信用金庫は銀行からの融資が望めるような大企業のみを顧客とするのではなく、地元で創業を目指す方々と膝を付き合わせて経営計画を一緒に考えるところから始めます。

──米子信用金庫に入庫を決めたのには、どのような理由があったのでしょうか。
地元に貢献できる企業のなかでも米子信用金庫が目標に掲げる「地域で一番“ありがとう”と言われるコミュニティバンク」が、私が目指す社会人像と合致していたことが決め手です。自分が成長して「ありがとう」と言われるようになれば、企業も一緒に成長していきます。反対に、企業が成長すれば私もさらに成長して支援する必要があります。ともに成長しながら歩んでいける仕事に魅力を感じ、自分のありたい姿を実現できそうだと思い入庫しました。

また、もともと金融機関に勤めていた親戚から仕事内容を聞いていたこともあり、身近に感じていました。「担当企業に融資できたことで、担当企業が成長していく瞬間にやりがいを感じる」。そんなふうに語る親族の言葉に当時はピンときていませんでしたが、就職活動中に信用金庫の仕事を改めて知り、自分も営業職としてその瞬間に立ち合いたいと感じました。

信用金庫の仕事は融資だけじゃない。経営者と膝を突き合わせて、経営計画を一緒に考える

──入庫後は営業職としてどのような業務を担当しているのでしょうか。

経営資金を借りたい企業の方や、住宅や車の購入を考えている個人のお客様からお話を伺い、さまざまなニーズにあった商品を提案しております。

なかでも、お客様の事業拡大や創業支援にやりがいを感じています。入庫するまでは、信用金庫の仕事は単に「お金を貸す」ことだと思っていましたが、そうではありませんでした融資をする前には、お客様の事業計画書を挟んで膝を突き合わせて話し合い、経営計画を一緒に考えます。

私が担当して実際に創業されたお客様の元には定期的に訪問させていただいており、「川﨑さんのおかげで創業できて助かったよ」と感謝の言葉をいただくこともあります。お客様の創業や課題解決を支援した結果、生まれ育った地元に貢献できることにもやりがいを感じます。

──融資するまでの過程で、お客様の事業を理解して話し合うのですね。どのようなスケジュールで1日過ごしているのでしょうか。

始業時間の8時半に合わせて出勤し、当日の営業スケジュールを確認して準備を整えたら外回りへと向かいます。お客様を訪問して悩みをヒアリングしたり商品を提案したりして午前中を過ごします。

12時からお昼休憩をいただき、午後も同様に企業訪問へ。企業様との面談を行うこともあります。15時半ごろにオフィスに戻って1時間ほど事務作業やその日の振り返りを行います。16時ごろから社内会議に出席したり、翌日の訪問先選定や資料準備をしたりして17時に退勤します。

──1日の中で本当にたくさんの企業の方とお会いしているのですね。

経営者さんとお話しするなかで、多種多様な業界について知ることができるのも米子信用金庫で働く魅力のひとつです。

とはいえ担当企業を持ち始めたころは、何を話したらいいのか分からず、雑談だけして帰ってしまうことも……。私は人と話すことが好きですが、お客様の事業を理解するために必要な知識が多く「好きなだけでは務まらない」と痛感しましたね。何も話せずにお客様のところを後にした日には、「自分はなにをやっているんだろう」と落ち込む日もありました。

「焦らずに自分の営業スタイルを見つけていけばいい」先輩の言葉が壁を乗り越える力に

──企業の経営者とお話しするというのは特に最初は難しそうだと感じました。

最初はどうやって話すべきか悩みましたね。まわりの先輩に助けていただきながら手探りで自分らしいスタイルを見つけ、少しずつ話せるようになってきました。「焦らずに自分の営業スタイルを見つけていけばいい」という言葉もかけていただき、訪問にも同行していただいて。金融機関は仕事のすべてがマニュアル通りに行われるような堅いイメージがあるかもしれませんが、悩みの引き出し方や提案に繋げる方法などに人それぞれの“色”があると学びました。

──先輩のおかげで営業に自信を持てるようになったのですね。川﨑さんが感じる、一緒に働く方々や職場の“色”はありますか?

お客様に対しても同僚に対しても、親身に向き合う人が集まっています。私が担当するお客様から、もう何年も前に別の支店に異動された先輩のお名前があがることもあるんですよ。先輩がいつまでもお客様の心の中にいて、信頼されているのだと思いました。何気ない時間に「今日はお客様とこんな話をしてきたよ」と聞くことも多く、本当にお客様のことを想って行動していらっしゃるんだと尊敬します。

「ありがとうを言われた回数が桁違い」憧れる上司の背中を追いかけながら、将来的には支店長を目指したい

──川﨑さんの今後の目標について教えてください。

大きな目標にはなりますが、支店長を目指したいです。私には尊敬する上司がおりまして、その方のように「部下やお客様から信頼される営業担当」になった先に支店長が見えてくるのではないかと思っています。

その上司はお客様との会話のなかでも頻繁に名前があがるほどで、信頼が厚いことがよく分かります。おそらくお客様から「ありがとう」を言われた回数が桁違いなんですよ。それだけお客様の課題をたくさん解決しているのだと思います。

そこに至るための努力量も桁違いで、企業理解のために書籍を読んで自己研鑽に励んだり、担当企業の従業員になったつもりで提案を考えていたりするのを目にしました。「担当先のために何か力になりたい」。そんな想いが伝わってくる上司のような存在に成長したいです。

──最後に、就職活動中の学生へメッセージをお願いします。

就職活動中は「どの企業に入ればいいのか」「自分のやりたいことはなんなのか」と不安が多い毎日を過ごしていると思います。仮にやりたいことが見つけられなくても、自分の得意なことを活かして輝ける場所があるはずです。企業説明会にたくさん参加したり、自分で調べたりして自分の将来を大切に守ってあげてください。希望業界以外も幅広く理解することは、のちの業務に活かせるので決して無駄にはならないと思います。

たとえ無事に就職活動を終えても、社会人として働くこと自体にも不安がありますよね。ですが、会社には必ずあなたを助けてくれる「先輩」という存在がいます。私も、私を支えてくれた偉大な先輩方のように、みなさんを支えられる先輩になりたいと思っています。だから恐れずに成長の1歩目だと思って飛び込んでみてください。

(執筆:儀賀千春・編集:成田愛恵)

鳥取県生活協同組合で働く中尾さんにお話をお聞きしました。

中尾 慎作 さん(なかお しんさく)

出身:米子生まれ米子育ち

趣味・好きなこと:音楽鑑賞

入協(入社)の理由:生まれ育った地元に貢献できる仕事をしたいと思っていたところ、鳥取県生協を知った。インターンシップに参加し、地域の方と密接に関わることや自身の長所を活かせると感じた。

入協歴:新卒入社5年目

入協後のキャリア:入協後3年間は支所で商品のお届け等を行う地域担当業務を担当、4年目から本部のシステムグループに所属

より良い暮らしを目指して、地域の人々が協力し合う組織です。私たちの役割は、商品の開発・提供だけにとどまらず、環境活動や助け合いの取り組みなどを通じて、地域社会をともに築いていくことです。

生活協同組合とは具体的にはどんな組織ですか?

生協は、消費者一人ひとりが出資し、協力して運営・利用する組織です。生鮮品から日用品など、組合員とともに開発したコープ商品を中心に、日々の生活に必要な品々を毎週お届けしています。また、組合員自身が主体となって環境活動や平和の活動、地域を作る取り組み、地域福祉・助け合いの取り組みなど、幅広く活動をすすめています。

今取り組んでいることはどんな仕事ですか?

私はシステムグループとして、組織内への情報提供を主に担当しています。具体的には、毎日の売上帳票の作成や各部署への送信処理をはじめ、業務効率化のためのプログラミング、業務用パソコンの修理・保守点検、各部署からの問い合わせ対応など、幅広い業務を行っています。

システム分野は専門性が高く難しい領域ですが、少しずつ経験と知識を積み重ねることで、以前できなかったことができるようになるなど、成長を実感できる場面が多くあります。突き詰めるほど奥深く、そこに大きなやりがいと面白さを感じています。

一緒に働く仲間や環境はどうですか?

職場では、経験豊富な上司から多くのことを学びながら業務に取り組んでいます。外勤時には昼食をご一緒することもあり、プライベートな話もできる、話しやすい環境です。

また、私自身が結婚し子育てをしている中で、同年代の同僚と子育てについて相談し合える関係があり、非常に心強く感じています。仕事だけでなく、生活面でも支え合える職場です。

感謝の言葉をかけてもらえたり、温かい関係性を築けることが、働き甲斐につながっています。人とのつながりが、日々の業務を支えてくれる大きな力になっています。

入協して大変だったことはありますか?

生協での初めての仕事は、主に商品のお届け業務を行う地域担当者でした。飲料のケースやお米など、比較的重量のある商品をアパートの上階まで階段で運ぶことや、夏場は暑さと戦う毎日で大変でした。それでも、職場からスポーツドリンクの支給や空調服の貸与など、暑さ対策をして頂けることで安心して業務に取り組むことができました。

生協の仕事は、単に商品を届けるだけではなく、毎週お会いする組合員とのコミュニケーションを通じて信頼関係を築いていける点が大きな魅力です。「いつもありがとう」と感謝の言葉をかけてもらったり、時には差し入れをいただいたりと、温かい関係性が働き甲斐につながっています。

今後どのように成長していきたいですか? ‎

システムの仕事は自分が将来的に携わりたかった分野なので、もっと知識を広げて掘り下げていきたいと思っています。具体的には、データベース構成で使用するSQL(Structured Query Language)を中心にプログラミング言語の学習を続け、今後さらに使えるプログラミングを増やしていきたいです。

現在は小規模なプログラミング業務を中心に担当していますが、将来的には鳥取県生協の事業全体に関わるような大きなシステム開発や、中国・四国地方の生協で一括運用されている大規模なシステムの開発にも携わりたいと考えています。そのために、現在お世話になっている経験豊富な上司から知識やスキルを学びながら、技術力の向上に努めています。将来的には、システム部門を牽引できるよう、技術面だけでなくマネジメントスキルの向上も目指しています。

就職活動をしている皆さんへメッセージをお願いします!

鳥取県生協で最初に担当する業務は、食料品を中心とした生協商品のお届けを行う地域担当者です。地域担当者は、組合員のご意見やご要望を直接伺いながら、生活全般をサポートする重要な役割を担っています。その後は、一人ひとりの適性に応じて、総務・システム・経理・支所運営のサポート・商品媒体制作・広報など、さまざまな部署へジョブローテーションを行い、生協の運営に幅広く携わることができます。

人と話すことが好きな方、誰かの役に立ちたい方、地域に貢献したい方、そして様々な専門分野で活躍したい方にとって、生協はやりがいのある職場です。興味を持っていただけたら嬉しいです。

ホームページや会社説明だけでなく、インターンシップなどを通じて実際に足を運んで現場を見てみることが一番イメージがわきやすいと思います。実際に働く方から聞きたいことを聞けるチャンスです!

ぜひ一緒に鳥取県で頑張りましょう!

(取材・執筆:中島健一)

鳥取トヨタ自動車では、「働き易い環境を整備する中で、チームワークで仕事をする」という会社運営の考え方に基づき労働環境の改善をしながら会社のさらなる飛躍を目指しています。働き易い環境でスタッフ同士がチームワークを発揮できればより質の高いサービスをお客様に提供できると考えています。

近年は、年間休日数を120日まで増やし社員の「ワークライフバランス」の充実を図った他、整備工場の完全空調化を整備し、全スタッフの働き易さを改善しました。

最高の環境で、お客様に最良のサービスをお届けし、鳥取県民の移動の自由を支え続け幅広いニーズにお応えする事が地域の自動車販売店の使命と考えております。

鳥取県の交通事情『車の利用率は70%超』

鳥取県は公共交通機関が十分に発達しておらず、通勤・通学における車の利用率は7割を超えています。(令和2年度国政調査)加えて、急速に進む高齢化社会の中で、自動車などモビリティサービスの必要性がこれまで以上に高まっています。こうした地域特有の環境に応え、鳥取トヨタ自動車は、リアルな店舗でお客様と直接つながる強みと最先端のIT技術を活用し、多様で質の高いサービスの提供に取り組んでいます。

地域における自動車販売店の役割『鳥取県民の移動の自由を支える』

自動車販売事業を通じて鳥取県民の移動の自由を支える事は、県民の生活や経済活動の手助けになります。県民1人ひとりが不自由無く活動できる事で地域活性化につながり、自動車販売店として地域に貢献する事ができ、お客様に感謝される中で、働く喜びを感じる事ができます。

今回お話を伺ったのは、千代水店の営業スタッフ、井上 聡(いのうえ そう)さん。27歳の若手社員で、地域のお客様との信頼関係を大切にしながら、営業の最前線で活躍しています。入社動機や営業職のやりがい、そこで得られる成長について語っていただきました。

鳥取トヨタで働く喜び『ワークライフバランスの実現』

「年間休日120日」「(月)(火)完全定休日」「有給取得日数平均12日」そんな環境でメリハリのある生活リズムが形成でき良質な仕事を通して「自分自身の成長の実感」を感じる事ができます。

千代水店 営業スタッフ 井上 聡(いのうえ そう)さん

2021年入社の27歳。学生時代はサッカーに熱中し、競い合う事の楽しさやチームワークの大切さを学びました。休日は自然がいっぱいの鳥取で、愛車でドライブしたり、友達とフットサルを楽しんだりして、アクティブに過ごしています。

昨年ご結婚され、今年はお子さんも誕生。家族との時間を大切にしながら、仕事と子育ての両立に取り組んでいます。

自然体で明るい人柄は、お客様はもちろん社内のスタッフからも厚く信頼されており、その誠実さと親しみやすさから多くの人に慕われています。               「お客様一人ひとりと真摯に向き合う事が、自分の成長につながる」と語る井上さん。絶え間ない技術革新を遂げる自動車業界で、常に前向きにチャレンジを続けています。

「人と向き合いたい」が原動力。

──鳥取トヨタ自動車で働きたいと思った理由を教えて下さい。

『自分自身の成長を実感できる仕事、会社』

正直に言うと、入社前から車にとても詳しい!大好き!というタイプではありませんでした。もちろんトヨタという名前の信頼感やブランド力は感じていましたが、どちらかと言えば「人と関わる仕事をしたい」「営業という仕事に挑戦してみたい」という気持ちの方が強かったですね。学生時代はサッカーに打ち込んでいて、チームで目標を追いかける事や、仲間と一緒に成長していく感覚がすごく好きでした。営業職って、それに少し似ているんです。自分の努力が数字やお客様の信頼として返ってきますし、上を目指せばどこまでも挑戦できる。そんな点に魅力を感じました。

ー就職活動時

『地域の人の生活を支える仕事をしたい』

就職活動の時はいろんな業界を見ました。最初はメーカーや食品系など、人の生活を支える仕事に興味があったんですが、鳥取という地域で暮らしていると「車は生活の一部」なんですよね。公共交通が限られている分、車の存在が本当に大きい。それを支える仕事だからこそ、お客様の日常や家族の時間に深く関わる事ができる。そう気づいた時に、この仕事の意味を実感しました。

ー最終的に

『風通しの良い社風』と『この人たちと一緒に地域の人たちのために貢献したい』

入社に決めた理由は、地域の人々に寄り添い、心から支え合う社風に強く惹かれたからです。面接で出会った社員の方たちは、ただ数字を追うのではなく、一人ひとりのお客様や地域の生活を大切にしていると話してくれました。その会話から感じた穏やかで温かな空気に、「この人たちと一緒に地域の人たちのために貢献したい」と直感しました。

また、若手でも意見をしっかり言える風通しの良い社風があると聞いていたのも大きな決め手です。実際に入社してみると、店長や課長とも何でも話せる距離感があり、プライベートでも一緒に食事に行く事があり、まるで家族のような温かい関係性が広がっている事を実感しています。そうした社風の中だからこそ、自然体で自分らしく働けると感じています。

「あなたから買いたい」その言葉が、何よりも嬉しい。

──仕事のやりがいについて教えて下さい。

『自分の仕事がお客様・地域とつながると実感した時』

営業という仕事は「話す事」が全てだと思われがちですが、実際は“聞く力”がすごく大事です。お客様の中には、最初は全く買う気がない方もいます。でもお話を伺う中で、「実はお子さんが免許を取った」「家族が増えたから車を替えたい」という変化が見える事があります。そういうニーズを引き出して提案ができると、「あなたに話して良かった」と言われる瞬間があるんです。それが本当に嬉しいです。

また、トヨタ車の営業は「売って終わり」ではありません。先輩から担当を引き継いだお客様に点検のご案内やアフターサポートを続けるうちに、ご本人様だけではなく、奥様やお子様が新車を買いに来てくれる事もあります。その時に「昔から家族でお世話になってるんですよ」と言ってもらえると、自分の仕事が地域とつながっているんだなと感じます。

—営業職の面白いところ

『成長を実感できる』

営業の面白いところは、自分のスタイルがそのまま成果に出る事です。僕は“フランクに話すスタイル”を意識していて、商談でも趣味や家族の話など、車から離れた話題で会話する事が多いです。そこからお客様のニーズが収集できて、自然に車の話につながります。販売台数や成果のプレッシャーもありますが、挑戦すればするほど「自分の限界を超えられる」仕事だと思います。

──どれくらいで商談は成立しますか?

『信頼成立と提案がお客様の心に響いた時』

商談の成立期間はケースバイケースで、最短では1時間ほどで決まる事もあれば、じっくり話を重ねて1ヶ月かかる事もあります。お客様ごとにニーズや検討期間が異なるため、所要時間には幅がありますが、2~3回の商談で成約に至るケースが多いです。商談回数が少ない場合はお客様の決断が早く、複数回に及ぶ場合はじっくりと信頼関係を築きながらご提案を進めています。焦らず丁寧に対応する事で、満足度の高い契約につなげています。

業界トップクラスの休みの多さで家族との時間も満喫

──働く前と後で、仕事の印象は変わりましたか。

ー入社前『厳しい仕事かな・・・。』

入社前は「営業=厳しいノルマがあって競争が激しい」というイメージがありました。
でも、実際は違いました。もちろん目標数字はありますが、それは個人の成長の為の目標です。1人ひとり個人が成長すれば会社全体の成長につながる「個人・店舗・会社の成長」をみんなで考える文化なんです。

ー入社時『教え学び合う環境の中で、一歩ずつ着実に成長』

入社時は、車や営業の知識、社会人としてのマナーなど覚える事だらけで苦戦する事もありましたが、1ヶ月の座学研修、店舗研修、先輩からのフィードバックやサポートなど、段階的に学べる仕組みが整っていたので、焦らず一歩ずつ着実に成長できました。

業務に慣れて、お客様との信頼関係を築きやすくなってからは、スムーズに仕事がしやすくなり、よりお客様のニーズやライフスタイルに合わせた提案ができるようになりました。

ー現在『成長に向けての更なるモチベーションを持って挑戦中』

現在は、同期や尊敬する先輩より「実績を残したい」という気持ちがさらなるモチベーションになっています。そんな中でも、失敗しても暖かく励ましてくれる職場の環境があるので、安心して挑戦を続けられています。

──実際の勤務環境はどうですか?

『同業界内でもトップクラスの休日数』

営業職は「休めない」と思われがちですが、うちは毎週月曜・火曜の連続した定休日と長期連休を中心に年間休日は120日以上あります。中国地区の販売店の中でもトップクラスの休みの多さで、家族との予定も立てやすく、プライベートも充実しています。また、有給休暇も社員1人あたり平均で年間12日消化しており、こちらも中国地区の販売店の中でトップクラスの消化日数です。

──今後の目標を教えて下さい。

『人を育てる立場を目指す』

将来的な目標は、「人を育てる立場」になる事です。最近では後輩に教える機会が増えてきており、その過程で自分自身の理解もより深まっています。教えた後輩が成果を上げ、成長していく姿を間近で見る事は、何よりの喜びであり、大きなやりがいを感じています。最終的には店長のように、店舗全体のチーム力を底上げし、みんなが力を発揮できる環境をつくる存在になりたいと考えています。そのためには、これまでの自分の経験や考えを言葉にして整理し、わかりやすく後輩に伝える努力を続けていく事が欠かせません。そうした積み重ねが、自分自身の成長にもつながり、チーム全体の成功にも貢献できると信じています。今後も常に学びながら、周囲のメンバーとともに高みを目指していきたいと思います。

磨き上げられる人間力

──最後に、これを読んでいる方に向けてメッセージを下さい。

『挑戦をあきらめないで向かってうこう!』

就職や転職って、不安がつきものだと思います。僕も就職活動中は「自分に営業ができるのか」「車の知識がないけど大丈夫か」と悩みました。でも実際に飛び込んでみたら、やっていく中で少しずつ慣れていくし、周りがちゃんと支えてくれる環境がありました。だから、「今は自信がない」という理由で挑戦を諦めないでほしいです。

営業職は数字がついてくる分、やりがいと責任もあります。でも、ただの数字じゃなくて、その裏には一人ひとりのお客様の生活があります。自分が提案した車が、誰かの新しい毎日をつくっていく。その実感が得られるのは、営業ならではだと思います。

そして何より大事なのは、「信念に共感して、この会社で働きたい」と思えるかどうか。給料や待遇ももちろん大切ですが、最終的には「人の想い」です。ここには、向上心を持って頑張っている人ばかりで、困った時には助けてくれる仲間がいます。明るく前向きな人たちばかりなので、働いていて居心地がいい。僕自身もそうした温かさに支えられてきました。

—もし少しでも興味があるなら!

『来社して、現場の雰囲気を感じて欲しい!』

ぜひ一度店舗を見に来てほしいです。現場の雰囲気を感じてもらうのが一番早いと思います。もちろん、僕が案内しますよ(笑)!
きっと、働く人たちの表情や会話から「ここでなら頑張れそうだな」と感じてもらえるはずです。僕自身、営業を通じてたくさんの人と出会って、自分の世界が広がりました。車というモノを扱う仕事ですが、実際は“人の気持ち”を扱う仕事。だからこそ、やればやるほど面白くなります。一緒にその喜びを感じてもらえたら嬉しいですね。

—ちょっと真面目な話が続いたので最後に一言だけ…。

『老若男女すべての人にモテます』

営業職はモテますよ(笑)。営業を通じていろいろな世代の方々と話す機会が多いため、自然と知識量が増え、会話の引き出しも豊富になります。そうしたコミュニケーション力は、お客様だけでなく、あらゆる場面で役立つ力になります!
ー最後に井上さんが照れくさそうに冗談交じりで語ってくれました♪

(取材・執筆:堀角和起)



株式会社スズキ自販鳥取は、スズキ株式会社の直営店として、スズキの新車・中古車販売を中心に、自動車保険の取扱いやセニアカーの提供、点検・車検・整備などのアフターサービスも展開しています。地域密着型の店舗運営で、鳥取県東部、中部、西部それぞれのお客様のカーライフを総合的にサポートしています。

今回は、スズキアリーナ米子店(以下、米子店)の店長として新たな一歩を踏み出された、岡田一優(おかだ かずまさ)さんにお話をうかがいました。岡田さんの「楽しく働ける職場づくり」への想いは、会社の風土も影響しているのかもしれません。

スズキアリーナ米子店 店長 岡田一優(おかだ かずまさ)さん

兵庫県出身。2017年入社。

業販営業・直販営業の経験を積み、入社9年目の2025年10月、米子店の店長に就任。休日は社員と大山登山やスポーツをすることも。先日、社員で”どらドラパーク米子市民球場”で野球を楽しんだ。”仕事を楽しむ”がモットー。

営業から店長へ。“楽しく働ける”営業所のかたち

──まずはじめに、会社の事業内容をご説明いただけますか。

私たちは、スズキの四輪車を中心に、店舗での新車・中古車販売はもちろん、地域の自動車屋さんなどへ卸営業も行っています。運転免許が不要で、日常の移動をサポートするモビリティ、セニアカーも取り扱っています。販売だけでなく、自動車保険のご案内 や 点検・車検・一般整備などのアフターサービス を店舗で一貫して対応し、お客様の生活に密着した安心・安全なカーライフをトータルにサポートしています。

──店長就任直後ということですが、現在どのような業務をされてるのでしょうか。

店長として、営業メンバーの販売見込みの進捗確認や、自動車販売に向けてお客様へのアプローチ方法の整理、購入後の手続きに不備がないかチェックなど、店舗全体の動きを把握しながら管理を行っています。

──仕事をする上でのこだわりはありますか?

お客様に喜んでいただけることはもちろん、楽しんでいただけることを心掛けています。車に乗って楽しいなとか、面白い機能があるな、とワクワクしていただける接客をしています。

部下に対しては、一人ひとり考えながらやってくれているので、様子を見ながら、本人の取り組みを尊重しつつ必要に応じて声をかけるようにしています。 新入社員で困ってる子には、「こんな風にするのもありじゃない?」 という声掛けをしています。

頼れる先輩がいない中で始まった営業人生

▲入社当時のお写真

──このお仕事を選んだきっかけは、何ですか?

父が車関係の仕事をしていたこともあり、子どもの頃から車に触れる機会が多かったんです。車を触ることが好きだった父の影響で、僕も自然と身近に感じるようになって、車に関わる仕事に興味を持ちました。

もう一つは雰囲気です。入社前に本社の事務所で楽しそうにしてる社員さん達を見て、「あ、いい雰囲気の会社かも」と感じたことも入社のきっかけです。僕は静かすぎる職場がちょっと苦手なので、賑やかな雰囲気が自分に合いそうだと思いました。

──入社してからの店長就任までのキャリアを教えてください。

入社して最初の1年は、業販営業をしていました。地域の自動車屋さんと力を合わせて、お客様へ車をお届けする営業です。その後、米子店で直販営業を担当して、今月から店長という立場で店舗運営に携わることになりました。

──「仕事が楽しい」「この仕事を選んで良かった」と感じる時はどんな時ですか?

お客様に「岡田君だから車買うよ」って言ってもらう時が一番嬉しいですね。信用していただいて、「この人だったら」と買ってくださることが、一番営業冥利に尽きます。

──9年間で「大変な時期」はありましたか?

入社してすぐの頃ですね。入社3ヶ月目頃、配属された店舗が、もう1店舗と合併して大きな店舗になりました。その影響で、頼りにしてた先輩たちがみんなバタバタと忙しくなったんです。まだまだ分からないことだらけの中で、誰にも相談できずに、ほぼ一人で動かないといけないという、あの時期が一番しんどかったですね。自分で調べて、考えて、動いて…というのを繰り返してました。

──それは大変ですね…。その時期をどうやって乗り越えたのですか?

もちろん、いろんな方に支えてもらってはいたんですけど、先輩に聞けない時は、お客様には「確認してから連絡します」 と回答して、後で全部聞いてから対応する、というやり方で乗り越えました。

新入社員が辞めない会社~ペア制度の始まり~

▲ペア制度の風景

──会社としての育成制度はどのような制度があるのですか?

去年から会社全体で始まった制度として「ペア制度」があります。「この先輩について仕事を学んでくださいね」という制度です。会社としては「1月の初売りから一人で動けるように」という目標があるので、それまでは必ず先輩とペアで動くようにお願いしています。4月から6月は配属前の研修期間なので、その後7月から半年間ですね。

他には、「月一フィードバック会」を新入社員全員集めて行っていて、今現在の業務や何に困ってるかとか、どんな努力をしてるかなどを情報共有するようにしています。
──入社当時大変な時期をご経験された岡田さんとしては、「ペア制度」についてどう思いますか?
かなりいいことだと思います。 僕自身の経験として、頼ることができない時間が長かったことと、忙しそうで声をかけにくい先輩もいたので、ペア制度があることで、新人の子にとって頼れる先輩がいるのは精神的な柱になると思います。聞かれる側の先輩も「自分が教える役割だ」って思ってくれてますしね。

──その制度が始まったきっかけは、何かあったのですか?

社長が「人を育てよう」とすごく一生懸命なんです。以前から話は出てたんですが、やっと形になって去年から始まった制度です。

──(岡田さんの入社当時に欲しかった)素晴らしい制度ですね。

おかげさまで、新入社員の子は全然辞めずにいてくれて、1年目~4年目の子は離職ゼロなんです。会社全体の離職率もすごく低いんです。

──岡田さん自身が入社から現在まで、この会社で継続できた理由はなんだと思いますか?

一番は環境、人だと思います。米子店は「楽しくしよう」っていうのを考えている。やっぱり営業実績を上げることはすごく大変な仕事ではありますけど、周りの人と楽しくできるってなれば、離職は自然と少なくなるんじゃないかなと思います。

遊びにも全力!休日も楽しむスズキ自販鳥取

▲飲み会での一枚

──休日はどのように過ごされてますか?

最近は、年2回の会社全体休日に、”どらドラパーク米子市民球場”を借りて、前回は16人集まってキャッチボールや、試合をして遊んでました。普段は、業販営業と直販営業では休みが違うので、会社全員が休みになる日じゃないと集まれないんです。年2回の休日に声をかけていたら、少しずつ人数が増えていきました(笑)鳥取市から来てくれる子もいて。

──仲が良いんですね!会社のみなさん、そんな雰囲気なんですか?

そうですね、スズキは社員全体の仲はいいと思います。 営業同士は、いい意味でライバルで、楽しく仲良く競い合える風土なのかなと。他のメーカーさんで働いていないので分かりませんが、スズキの場合、営業同士のギスギスが起こりにくいところが良いところだと思います。月1回、全拠点から集まり顔を合わせる機会もありますし、年に2回全社員が集まる社員総会があって、それも良い交流の場です。

──社長とも休日を過ごされたとか…?!

休日に社長と登山をしたこともあります。鳥取の久松山の登山だったんですが、まさかの「9時に頂上で集合!」と言われて(笑)登るペースが違うから、頂上集合という提案だったようです。頂上でお会いしてから、話したり、景色を眺めたりして下山しました。

楽しむ力が、信頼を生む──次世代へのメッセージ

──店長としてこれからの目標を教えてください。

会社全体を統括する営業責任者ができるぐらいの実績をきちんと店長として積みたいなと考えています。そのためにはまず、この米子店で部下が全国表彰に選ばれることや、営業所の実績をしっかり作ることが一番直近の目標ですね。

──店舗としての目標もおうかがいできますか?

「楽しく面白い営業所にしよう」っていうのをみんなで話をしてます。最近は、 米子店だけの展示会を企画してるんです。みんなが楽しく、「あれをやりたい、これをやりたい」って言えるような店舗にしたいなと思っています。

──次世代のリーダーに向けたメッセージをお願いします。

一番は、自分が楽しく仕事をすること。僕自身、楽しく仕事をしたいと考えてます。実際、楽しく仕事をする人の周りは、みんな柔らかい雰囲気になるので、そういう人の求心力は高いと思います。 部下からはもちろん、上司からの信頼を得ることにもつながりますので、苦しいこともあるとは思いますが、精一杯仕事を楽しんでいただければなと思います。

(取材・執筆:根岸春香)